対談〈佐久間裕美子 × Z世代〉「観光以外のホテルの新しい可能性を提供する」龍崎翔子 後編

カルチャー、ライフスタイル、ファッション、社会運動など幅広いジャンルの執筆活動をし、著書『Weの市民革命』では若者が率先する「消費アクティビズム」のあり様を描いたNY在住の文筆家、佐久間裕美子とZ世代の対談企画。

第4弾の対談相手は19歳でホテルを起業し、現在は「HOTEL SHE,」などをプロデュースする株式会社水星の代表、龍崎翔子。後編は、この数年間で始めた新しい取り組みやサービス、根底にあるモチベーションについて聞いた。

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龍崎翔子(りゅうざき・しょうこ)
株式会社水星 代表取締役CEO。ホテルプロデューサー。2015年、L&G GLOBAL BUSINESS(現 株式会社水星)を設立。「HOTEL SHE,」ブランドや金沢のホテル「香林居」など全国でブティックホテルを経営し、それぞれの土地の空気感を生かした世界観のあるホテルを世に広める。2022年、日本初となる産後ケアリゾート「HOTEL CAFUNE」を首都圏にて開業。
https://www.suiseiinc.com
Twitter:@shokoryuzaki

ライフパートナーとしてのホテル

佐久間裕美子(以下、佐久間):この数年間、どの業界も少なからず変化を強いられましたが、特に旅行業やその周辺の商売は大きな影響を受け、本当に大変な時期だったと思います。この数年間を振り返って、考えが大きく変わったところはありますか?

龍崎翔子(以下、龍崎):会社としては大きな事業転換を迫られました。もともとやろうと考えていたけれど、実行に移すべきタイミングが早まったという印象です。

大きな変化の1つは、実は自社のホテル運営はメインではなくなっていて、事業の半分ほどはクライアントワークとなっています。デベロッパーや百貨店らの仕事を受けたり、他社のホテルの経営支援や、地域行政の観光事業のサポートをしたり。さらには、すでに 600施設ほど利用してくださっている予約エンジンの開発、運営をしているIT事業などを展開しています。

もう1つは、ホテルの脱観光化への挑戦です。一般的な認識としてホテル業は観光業の一部ですが、それはホテルの可能性を狭めていて、もったいない考えだと思っています。観光や出張以外にも、人がどこかに宿泊する機会はあります。例えば、入院、お泊まり保育、老人ホームでの滞在もです。そう考えると、宿泊という行為は観光に紐づかない領域がすごくある。コロナショックで観光がストップした時に、そういった領域をより広げてゆくことにホテル業の未来はあるんじゃないかと、強く感じていました。

そうした取り組みの1つ目として、川崎で産後ケアに特化したホテルを産後ケアリゾート「HOTEL CAFUNE」というブランドで始めています。出産を終えたばかりの女性が、赤ちゃんや家族と一緒にゆっくり滞在出来て、助産師さんが身体のケアをしてくれ、保育士さんが赤ちゃんを預かるというサービスです。

私達は観光業の一部としてホテルをやっていたという認識があったわけではないですが、結果的に観光業的なホテル作りをしていました。これからは、観光はまた別で、より人々の生活に密着するというか、人生を送る中で生じる負を解消するような、ライフパートナーとしてのホテルを生み出していきたいです。

佐久間:私も特にコロナ以降、帰国する際にホテルを利用する機会が増えましたが、おそらく旅行者ではない宿泊者も増えたように思います。もしかしたら家に居場所がないのかもしれないし、これまでホテル側が想定してきた範囲を超えた理由で宿泊する方が増えているように感じます。そういった意味で、宿に求められることは観光の外にもたくさんあるのかもしれませんね。

龍崎:それこそワーケーションもその一環ですよね。今考えているのは、産後ケアのホテルからの次のステップとして、中学生や高校生くらいまでの子達が、子供だけでも宿泊できる、泊まれる児童館のようなホテルです。仕事で出張が多いと、子供を友達の家に泊まらせてもらうのも気がひけるし、親にも頼みにくい場合も当然ある。そんな時に、保育士さんや先生がいて、子供が安心して楽しく1日を過ごせる場があったらいいなと考えています。

佐久間:運営されている予約エンジンについて聞かせてください。

龍崎:「CHILLNN(チルン)」というサービスです。ホテルのサイトから予約ボタンをクリックした時、その先のページにホテルの世界観が反映されていなかったり、使い勝手が悪かったりするということはありませんか? ホテルの立場を考えて作られたサービスがあまりなく、予約サイトに付属していたり、ウェブ制作会社に外注されている場合が多いんです。値段の訴求や、アドテクのアルゴリズムによる誘導という方向ではなく、自分達のコンセプトや世界観をリスペクトしてくれるお客さまに向けて宿泊体験を届けたい宿は多いはずですが、そこに応えるサービスは見当たりませんでした。「CHILLNN」では、そうしたニーズに応えるサービスを展開していてありがたいことに、ご活用いただいている施設の数は年々増えています。

佐久間:宿泊業にはairbnbのような大きな変化はありつつも、予約などを見ると何十年も変わらず古いシステムも残っていますね。日本に限らずアメリカの会社でも同じことが言える気がします。そのあたりも含めて、広い意味での旅関連業のようなことでしょうか。

龍崎:私しては既にあるものを作っても楽しくなくて、ホテルのポテンシャルを解放していきたいんです。ホテルに特化するなかで、時代を変化させるようなサービスやプロダクトを出していきたいです。

カルチャー化したホテル巡り

龍崎:「HOTEL SHE, 」ができた後の数年間で、ホテル巡りがカルチャー化していると感じます。若い世代の間でも、カフェ巡りをするような感覚で、いろいろなホテルに行くのが普通になってきている。お客さま自身が良いものをたくさん体験しているはずで、目が肥え、その分期待値が上がっているので、そこに応えられるサービスを作らなければという、いい意味での緊張感はあります。

また、消費されるスピードがどんどん早くなったとも感じます。今は個人1人1人がメディアで、UGC(ユーザー生成コンテンツ)の発信すごく盛んになっていますし、ホテルを紹介するコンテンツでは安定して「いいね」が集まる状態になっているので、油断するとすぐにみんなの目に触れて飽きられてしまうというスピード感が変化を感じます。誰かの手によって再編集されるので、編集のされ方によってホテルの賞味期限が短くもなる。そういう意味で、工夫した見せ方をしないといけないです。

佐久間:19歳の時に始めた宿泊業が時を経てどんどん変容してきていますが、龍崎さんがお仕事で喜びを感じるのはどんなところでしょうか。

龍崎:「こういうことができたら面白いよね」と考える時間が一番楽しいです。考えていたことを、誰かが先にやってしまったら悔しいので、とにかく自分からやってみます。もちろん、その過程で思い通りにならなかったり、良くない予定不調和が起きたりする時もあります。でもやっぱり「これができたらいいよね」が実現すると、その先にまた新しい「できたらいいよね」が出てくる。その瞬間が持続するように日々頑張っています。

メンタルの整え方とモチベーション

佐久間:落ち込んだ時はどうしていますか?

龍崎:生活をきちんするのがメンタルにとって大事だと思っています。私は出張が多く、ひと月のうちで半分くらい、毎日違う場所で寝ている時もあります。そうなるとメンタルも弱りやすく、ネガティブになりやすいので、部屋を掃除したり、料理をしたり、意識的にルーティンを作って生活することで、メンタルの調子がよくなりますね。

その他の方法でいうと、身体的なアウトプットができる日常体験をするのも良いです。たまに陶芸をするのですが、作業瞑想のような無心でできる普段しない動きをするのは明らかに脳に良い気がします。あと、最近はピアノを買いました。

佐久間:起業をするのは金銭的な利益が動機になるケースありますが、龍崎さんのお話を伺うとお金をモチベーションに起業をしたのではないようですね。

龍崎:お金をモチベーションにしていたら、今頃もっと儲かっていたかもしれないですね(笑)。私の場合は自分が作りたいもののイメージに向かって、裁量権を持って進めていけることを大切にしています。安定よりも荒波を乗りこなす方が楽しいタイプなので、お金を儲けるよりも、激しい変化の渦中にいられることの方が自分にとっては価値があります。

Photography Kyotaro Nakayama
Text Lisa Shouda 

author:

佐久間裕美子

文筆家。1996年に渡米し、1998年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て2003年に独立。カルチャー、ファッション、政治、社会問題など幅広いジャンルで、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆する。著書に「Weの市民革命」(朝日出版社)「真面目にマリファナの話をしよう」(文藝春秋)、「My Little New York Times」(Numabooks)、「ピンヒールははかない」(幻冬舎)、「ヒップな生活革命」(朝日出版社)、「テロリストの息子」(朝日出版社)。慶應義塾大学卒業、イェール大学修士課程修了。2020年12月に「Weの市民革命」を刊行したのをきっかけに、コレクティブになったSakumag Collectiveを通じて勉強会(Sakumag Study)、発信(Sakumag Stream)などを行っている。Twitter:@yumikosakuma Instagram:@yumikosakuma

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