連載「Books that feel Japanese -日本らしさを感じる本」Vol.9 デビエフ・ティボーが選ぶ、「マンガを通じた日本とフランスのつながり」を感じる2冊

国内外さまざまあるジャンルの本から垣間見ることができる日本らしさとは何か? その“らしさ”を感じる1冊をインディペンデント書店のディレクターに選んでもらい、あらゆる観点から紐解いていく本連載。

今回は、フランスのマンガ家といわれる “バンドデシネ作家” によるアートブックをはじめ、ヨーロッパで活躍しているイラストレーターや画家達のイラスト集、画集を販売している板橋の本屋「メゾン・プティ・ルナール」の店主、デビエフ・ティボーさんにインタビュー。

フランス語のインターナショナル・スクールが店のそばにある(実は偶然だったのだとか)という、なんともすてきな小話も交えながら、彼が思う「マンガを通じた日本とフランスのつながり」を感じさせる2冊のバンドデシネ(フランス発のマンガ)を紹介してくれた。

デビエフ・ティボー
MAISON LIBRE合同会社代表。1997年からマンガ翻訳業開始。ダルゴ出版(Editions Dargaud)と契約し、翻訳、通訳、編集コンサルタント等に従事。2000年、日本文部省国費留学生として慶應義塾大学で修学。2010年に、フランスの日本マンガブームとともに翻訳業を拡大。これまでに100以上のタイトル、900冊以上の翻訳を手がけた。2019年、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(浅野いにお著)の翻訳者として第2回小西財団漫画翻訳賞を受賞。2021年にメゾンリブレ(MAISON LIBRE)合同会社設立。同年8月、事務所兼書店「メゾン・プティ・ルナール」をオープン。日本で入手困難なアートブックや画集の販売を始める。

『Shangri-La(シャングリ-ラ)』

バンドデシネの背景に感じる、日本の “マンガ文化”

――『Shangri-La』について教えてください。

デビエフ・ティボー(以下、ティボー):こちらは、フランス人作家のマチュー・バブレ氏が描いたSFのバンドデシネです。そもそも「バンドデシネ」とは、フランス語圏で出版されたマンガのこと。日本の “マンガ文化” の影響がなければ、「シャングリラ」のようなバンドデシネが生まれることはなかっただろうと考えられているんです。後に紹介しますが、日本が生んだSFマンガの大作『聖闘士星矢』や『AKIRA』など、1980〜1990年代に日本で流行したマンガがバンドデシネに影響した部分はとても大いにあると思っています。

——この『Shangri-La(シャングリ-ラ)』という作品では、どのあたりに日本の “マンガ文化” の影響があるんですか?

ティボー:コマ割りを見ていただければわかると思うのですが、この作品はきっと、日本の『攻殻機動隊』や『AKIRA』などからの影響を受けているはず。ダイナミックなコマ割りが未来都市の雰囲気を存分に伝えてくれています。

そもそも、トラディショナルな伝記としてフランスで愛されてきた「バンドデシネ」には、48〜54ページといった “ページ制限” があったんです。ただ、こちらの作品もそうですし、近ごろのバンドデシネは、もっともっとページ数の多いものばかり。この『シャングリ-ラ』もそうです。222ページにわたって、物語が描かれています。日本の “マンガ文化” がそうであったように、フランスの「バンドデシネ」も、時代にあわせて進化しているんですよ。

初めて日本語からフランス語に翻訳されたマンガ作品の1つは、大友克洋さんの『AKIRA』でした。あの作品がフランスで流行ったのが1980〜1990年代で、当時幼かった作者の方々が、その影響を受けて作品を作っていった。初めに流行った頃からおよそ30~40年ほど経った今、マチュー・バブレ氏のように、1人の “作家” としてデビューしているのだろうなぁと思います。

——日本の “マンガ文化” が、フランスで派生していくということですか?

ティボー:そうですね。ちなみにこちらの作品を手がけたマチュー・バブレ氏は、他にも『Carbone & silicium(カルボンとシリシュウム)』というタイトルのSF作品(バンドデシネ)も描いています。通常版はカラー印刷なのですが、同じ内容で刊行されたコレクター版には、白黒&ゴールド (Version Or Noir)のカラーリングが取り入れられているんです。SFの世界観を表現するために、あえて白黒やゴールドといった色が使われたりもするんですよ。それも、どこか日本の “マンガ文化” 的ですよね。

また、“表現方法の豊かさ” という意味で言えば、近年のバンドデシネには“サイズの制限”がないんです。作者が表現したいと思う方法で、それが色であっても本の形であっても、ある程度の自由さが担保されている。それはきっと、バンドデシネ特有の魅力かもしれませんね。

『Saint Seiya- time odyssey t.1(聖闘士星矢)』

フランスの子ども達を虜にした日本のアニメ

――『Saint Seiya- time odyssey t.1(聖闘士星矢)』について教えてください。

ティボー:左に置いた1冊は、『聖闘士星矢』のフランス版を発売するにあたって、僕が翻訳を手掛けた本です。とても思い出深い1冊ですね。また、こちら(写真右)の『Saint Seiya- time odyssey t.1(聖闘士星矢)』は、フランス語ですべてのストーリーが描かれた、オリジナルの作品なんです。

このバンドデシネ作品を手がけた作家のジェローム・アルキエ氏は、特に経歴がとってもおもしろい方なんですよ。1975年生まれの方なのですが、彼が10歳くらいの頃、からフランスでは、『聖闘士星矢』のアニメ版が放映されていました。そのアニメを観た彼は、たちまち大ファンに。その方が手がけた『聖闘士星矢』のオリジナルシリーズ『time odyssey t.1』です。

彼は、バンドデシネ作家としてデビューする前には、10年間ほどエンジニアの仕事をしていたのだとか。フランスの会社で働きながら自分のバンドデシネ作品を描き続け、デビューしたのだそう。さまざまな作品を世に出した末、自分が大好きな『聖闘士星矢』の “共同制作”に関わることができたんです。

−−共同制作とは具体的にどのようなことなのでしょうか?

ティボー:『聖闘士星矢』の生みの親である、車田正美先生とともにストーリーを作ったんですよ。大まかな部分はジェローム・アルキエ氏が作り、車田先生が監修する、といった形で。ただ、共同制作ならではの気遣いもあったようですけどね。たとえば、キャラクターを似せすぎてもいけない、など。きっと、作者は1人の熱狂的ファンであるから、描くキャラが似すぎてしまうこともあったんでしょうね(笑)。

−−なぜバンドデシネの作品はこれほど重厚に作られているのですか?

ティボー:フランス人は特に、“文化” に対してお金を支払うことを厭わないんです。それは本だけでなく、映画も、音楽も、絵画もそう。あらゆる “文化” に対する抵抗がない国であり、人である、と思っています。それで言えば、僕自身、フランスの実家にはたくさんのバンドデシネが置いてあって。兄弟が買ったものであったり、親が買ってくれたものであったり。家族の “財産” として、本を扱う。そういう側面から、より重厚に、より丁寧に作る、というのがあるのかもしれませんね。

少し話は遠ざかるかもしれないけれど、もともとこのお店では、いわゆる “画集” を多く仕入れていたんです。フランス出身の方々だけでなく、日本の方々にも楽しんでいただけるものとして。そこには言葉が仲介しませんから。ただ、実はフランス発のバンドデシネ作品たちも、人気を集めてこられたんですよ。このお店で。日本人の方々も楽しんでくれたんです。それは、彼ら日本人にとってバンドデシネ作品が “絵を見て楽しめるもの” として受け入れてもらえた証明だったんです。

−−今後、お店をどのような場所にしていきたいですか?

ティボー:今、店として見据えていることがあって。実は、隣の物件をリフォームして、ギャラリーを新設しようと思っているんです。たとえばそこでは、バンドデシネ作家の方同士の座談会であったり、サイン会であったり、バンドデシネ作品の原画を展示する機会といったような催しを行おうと思っています。“バンドデシネへの新たな入り口” として、“文化の発信地” として、僕達『MAISON PETIT RENARD』が機能していけたら、うれしいです。

Photography Masashi Ura
Text Nozomu Miura
Edit Dai Watarai(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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