連載「ヨーロッパのJビューティ通信」Vol.10 俳句と香りで紡ぐ「フロライク パリ」の詩的な物語

ララ・モロイ

クララ・モロイ
パリ生まれ。文学を学び、カルチャーマガジンの刊行等メディアに携わっていた2007年に、世界で最も才能ある調香師にフィーチャーした書籍『22 perfumers in creation』を出版。影響を受けていた調香師アリエノール・マスネとの出会いが、幼少期から魅了されていた香水の世界へと入るきっかけになる。2017年、夫のジョンとともに「フロライク パリ」を創設。香水を通して、作家やアーティスト、デザイナーとのコラボレーションも手がける。

須山佳子

須山佳子
東京都生まれ、パリ在住20年。アンスティチュ・フランセ モード(INSTITUT FRANCAIS DE LA MODE)でブランド経営学のMBAを取得。2010年に日本からのヨーロッパ市場への進出、ブランド戦略、セールス、コミュニケーション専門のコンサルティング会社「デッシーニュ」を立ち上げる。2016 年、Jビューティとライフスタイルブランドをキュレーションするコンセプトプロジェクト「ビジョ(Bijo;)」を主宰。取引先はハロッズ、ボンマルシェ、リッツ・パリ、セフォラなど大手デパートからセレクトショップまで約20ヵ国、150店舗。

欧米の美容業界で注目を集める“Jビューティ”。伝統に培われた美意識と、概念や習慣に由来する日本の美を象徴した美容法が、世界中の人々の日常の一部へと浸透し始めた。連載「ヨーロッパのJビューティ通信」は、欧米で知名度を上げるJビューティブランドを紹介し、日本古来の美容法を深く掘り下げていく。同連載の監修を行うのは、パリ在住20年以上で、日本の美容ブランドのヨーロッパ市場進出をコンサルティングする「デッシーニュ」の須山佳子代表。ヨーロッパのJビューティトレンドの立役者である彼女がオススメするブランドの魅力と、それぞれが捉える日本の美意識に迫る。

第10回は、俳句と香りを融合させた、スイス拠点の香水ブランド「フロライク パリ」。 出発点は、文学を愛する共同創設者クララ・モロイが夫とともに訪れた日本への旅だという。日本独自の美意識と文学、特に俳句に魅せられ、嗅覚を通して物語を紡ぐ香水のアイデアを具現化させていった。須山氏も、あらゆる感情を呼び起こす「フロライク パリ」の虜になった1人だ。俳句だけでなく、古来の日本文化に精通したクララに、ブランドの源である詩的な日本の美意識について聞いた。

日本の香道、茶、生花等の伝統に基づいたブランディング

−−まずは「フロライク パリ」について教えてください。

クララ・モロイ(以下、クララ):全体的なアプローチは、アジアの文化と文学の中心にある、日常のしぐさや心遣いに結びついた美の感覚にあります。コレクションは、香道、茶、生け花といった伝統的な儀式に基づいており、ブティックでは、お茶を飲みながら、時間をかけて希望に応じて個々の香りを発見することを目的とした体験を提供しています。香りの声に“耳を傾け”、私達を導いてくれるもの……甘さ、刺激、思い出を迎え入れるのです。そして、各ボトルに施されたパターンや、トラベルケースとなるストッパーの二重使用など、ディテールにもこだわっています。母なる大地の豊かさに敬意を表した自然の重要性—すべてが香水そのものを生きる芸術とするのに貢献しています。

−−「フロライク パリ」を立ち上げた経緯とは?

クララ:すべては、夫のジョンが2008年に日本へ旅行したことから始まりました。アートで有名な直島の他に東京や京都も訪れ、美しいコントラストと陰影に囲まれたユニークな雰囲気に魅了されました。そこで感じた文化、美意識、時間に関連する感覚が私達のモチベーションの源泉となり、自然と芸術、美を祝う香りの儀式を思い浮かべました。最初は「メモ パリ」という香水ブランドを立ち上げ、2017年に「フロライク パリ」として身を結んだのです。

−−俳句との出合いは?

クララ:文学に情熱を持っていて、作家でもあるので、読書を通して特に俳句に深く心を動かされます。俳句は短い形式で、5・7・5から成る、日本の詩歌特有のもの。その強さと繊細さが、短い瞬間に存在することで、想像力に響くのです。また、季節や自然の移ろいとしばしば結びついていることから、俳句を読むと、強烈な視覚的・感情的な感覚を喚起します。もし、それを嗅ぐことができたら。私は短くて強い嗅覚の詩が可能かもしれないという考えを持ちました。「フロライク パリ」はこのヴィジョンの結果であり、フローラ、花、そして自然と俳句、詩を結びつけています。

−−「フロライク パリ」のベストセラーとシグネチャー商品は?

クララ:“One Umbrella For Two”が人気ですね。この香りは、甘くフルーティーなカシスのオイルと玄米茶エキス、ヒノキオイルを組み合わせたものです。インスピレーション源は、和傘と呼ばれる伝統的な日本の傘から来ており、ある俳句には「空を見上げる / 雨は降らず / 1つの傘、2人で」とも書かれています。

アイコニックな香りとして、“Shadowing”コレクションも挙げられます。これには2つの香りが含まれており“軽いシャドウ(Sleeping On The Roof)”と“濃いシャドウ(Between Two Trees)”といい、私にとって特別なもので、香水の新しい使い方を紹介しているものです。アイデアは、あなたのお気に入りの香りを、“軽いシャドウ”または“濃いシャドウ”のどちらかを選んで、香水とシャドウを並べて使用することで、香りを引き立てるというものです。シャドウのイメージ、存在、デザインをインスピレーション源にしており、生け花のように、光を通して作り出される花の形が、花束そのものと同じくらい重要であると思います。

最後に、アジアのお客さまには、ロマンチックなシトラスの官能性を持つ“Just A Rose”、濃厚な木の香りの“Golden Eyes”、フレッシュでスパイシーな“I Am Coming Home”(ホワイトティーとカルダモンオイルの組み合わせ)、芳香のある花の心を持つ“In The Dark”、果実の木の香りが広がる美しいスイレンの“In The Rain”が人気です。

自分の直感や信念を信じる

−−顧客からの反響は?

クララ:お客さまは、香水の背景を感じ取り、ノートやアコードのバランス、ボトルのデザインなどを評価していると思います。彼らの感情は、小さなディテールの積み重ねによって魔法が起こり、パズルが少しずつ形作られ、イメージが徐々に現れてくるんだと思います。貴重な香りが明らかにされていくプロセスです。ボトルの裏に刻まれた俳句、インスピレーションを与えるカラフルで現代的なデザインのキャップ(商品によって異なる)、携帯用スプレーの繊細さ等のすべてが顧客に貢献していることを願っています。

−−最後に、今後のヴィジョンについて教えてください。

クララ:私達は、自分の直感や信念にできるだけ忠実に従って、流行やトレンドを追従しようとしません。密に官能的でありながら控えめだけど大胆であり、地に足の着いた存在でありながらも儚く、肉体と魂を持ち合わせています。そして、愛によってすべてが成り立っていると考えています。私達は、日本の多くの香水愛好家にも「フロライク パリ」を楽しんでもらえることを願っています。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

この記事を共有