写真表現を拡張するアーティスト・小林健太 その創作への想い

「写真」という枠に収まらない、抽象画のような作品で、独自の創作活動を行うアーティストの小林健太。「ダンヒル」の2020年春夏コレクションでのコラボや、ヴァージル・アブロー率いる「ルイ・ヴィトン」の2019年秋冬メンズコレクションのキャンペーンイメージを手掛けるなど、世界からも注目を集めている。今回は、小林にこれまでの経歴を振り返りつつ、どのようにして今の作風になったのか。また、広告を通して、新たに気付いた「クリエイターとして大事なこと」など、ざっくばらんに語ってもらった。

現代アートから写真表現へ

——小林さんは「写真」という表現に収まらない作品を制作しています。自身の肩書きは何だと思いますか?

小林健太(以下、小林):写真家って名乗ることも、アーティストって名乗ることも、どちらもありますね。カメラは使っているんですが、自分のやっていることを説明する時に、「アーティスト」って言うほうが理解してもらいやすくて。あと、今後はカメラを使わない作品も作っていきたいとも考えているので。

——もともとは現代アートを志していたそうですね。

小林:大学は、東京造形大学だったんですけど、入った時は写真をやろうとは思っていなくて。そこの美術学科・絵画専攻領域で、広域表現を専門に学んでいました。要は現代アートを勉強する学科で、教授も現代アートをやっている人でした。

アートを志したのは、美術予備校で出会った友達が現代アート好きだったのと、高2の夏くらいに渋家(シブハウス)のパーティに行って、そこでアートっておもしろそうだなと思ったのがきっかけです。それで、現代アートを学ぶためにはまずは絵画を学ばないといけないだろうって感じで、予備校ではデッサンも油絵もかなりやりましたね。

——実際に写真を始めたのはいつからですか?

小林:大学に入ってからは、ブログで絵や写真などの自分の作品をアップしていたんですが、それは渋家で出会った石田祐規さんがブログで写真をアップしているのを見て、それに憧れてやっていました。当時は写真家になりたいというよりは、いろいろメディアがある中の1つとして写真をやっていました。

本格的に意識したのは、2012年に大学の授業で大山(光平)さんと横田(大輔)さんに出会ってからですかね。2人のZINEのワークショップがあったんですが、その時はフィルムカメラで撮影した写真でZINEを作りました。それで作ったZINEを大山さんに「おもしろい」って言ってもらえて。そこで自分のブログのURLを伝えたら、2014年にグループ展に誘っていただいたんです。それがきっかけですね。年齢で言うと20から21歳くらいです。その時はフィルムカメラで撮影していました。

——撮影機材は何を使っているんですか?

小林:大学の入学祝いで買ってもらった「Nikon D800」と、仕事でもらった「ソニーα7III」、あとは「iPhone11」です。昔は、Macの「フォトブース」で遊んだりもしていました。「iPhone」や「フォトブース」って質感が独特でおもしろいんですよね。

抽象絵画のブラシストロークをデジタルで表現

——写真表現を始めた当初から今のような作風だったんですか?

小林:最初はスナップでした。2015年くらいに高さ1.6m、幅2.3mの「メガジン」を作ったんです。トーマス・ルフのインタビューとか読んで、でかさって重要なんだなと思って。それはモノクロプリントのA3のコピーをつなぎ合わせてZINEにしたんですが、その時から写真をアートとして捉えるようになりました。

それで、その「メガジン」を作り始めた頃からフォトショップで加工をゴリゴリにやってみたら、それがおもしろくて。ちょうど(ゲルハルト・)リヒターの「OverPainted Photograph」シリーズを見たりもしていた時で、小さい写真に絵の具を塗っているのを、これを全部フォトショップの中で完結できたらおもしろいだろうなって考えていて。そういう実験をしているうちに現在の作風になりました。

——抽象的な作品ですが、最終的なイメージは決めているんですか?

小林:決めていないです。抽象絵画のブラシストロークみたいなものを、写真を使ってできたらおもしろいなと思っているので、加工してみて、そのブラシストロークの形がおもしろくなったら、そのまま進めて、いまいちだったら消してやり直します。元となる写真も事前に加工のことは考えずにとりあえず撮影して、後からどんな風に加工するかを決めています。

僕の場合は「遊び」という要素が大切で、あらかじめ計算してこういったものを作ろうというよりは、手元にある写真を使って、どう反応したらおもしろいかを考えています。

——実際の加工はどのように行っているんですか?

小林:フォトショップの指先ツールでやっています。もともとは境界線をぼかしたりするツールで、その設定を変えてやっています。やっていることは、自分が絵画を学んでいたことと似ていますね。

人の動きによる美しさを探究

——小林さんの作品はグラフィックと写真との境界がなくなってきている。写真表現とはなんだと思いますか?

小林:認知論みたいな話になるんですが、写真ってメディアが誕生したことで、自分が見ている光景と近いものが可視化できて、それが他人と共有可能になった。人間の認知を視覚という領域に絞った時に、それを外にアウトプットできるのが写真表現だと思います。だからフォトショップのようなソフトウェアの中に、ビットマップやレイヤーなど、人間の視覚的認知行動が反映されているのかなと。そこを探求するのが、写真を探求することにつながると思っています。

——ゆくゆくは写真を使わない表現方法も考えているんですか?

小林:それはあります。視覚的認知には限界があるなと感じていて。僕は、「写真」って言葉が好きで。真実を写すと書いて「写真」。じゃあ「真実って何か」っていうと、「生々しく生きているリアリティ」だと思うんです。写真は、「視覚」という一元的なものしか表現できない。だから今後はもっと五感で感じられる作品になっていくかもしれません。

また書道を見た時に、どこに美しさを感じるかというと、言葉の意味よりも、筆の動き(ブラシストローク)の方が重要になる。それは人の動きが持つ美しさなんです。自分の作品でも、デジタルではあるけど、そういった美しさを表現したかったんです。

デジタルの画像って拡大していくと、ビットマップ(グリッド)になりますよね。自分の操作がそのグリッドを横断して、変化を与えていくことにおもしろさを感じています。

——デジタルならではの考え方ですね。

小林:デジタル表現への追求に関しては、自分のバックボーンもあると思います。生まれた時から家にMacがあって、お絵かきツールとかで遊んでいて、その影響はあります。自分の成長とともに、技術も進化していった。だからデジタルにこだわったら新しくておもしろい作品ができるのかなと思っています。

——小林さんの作品は初期の頃は写真ってわかりましたが、最近は全面ブラシストロークだけの作品もありますね。

小林:もともと抽象絵画は好きなので、そういった作品はずっとやりたかったんです。でも、最初からそれでやってしまうと、元が写真だと認識してもらえないと思ったので、徐々に抽象度を高めていきました。その作風が認知されてきたので、最近はやってみたかった表現が出せるようになってきています。

——色彩も独特です。

小林:彩度とかホワイトバランスを変えると、人の目で認知していなかった色が出てくるんです。色調補正の段階で、見えなかった色が見えてくるのが好きで、その出てきた色をベースに編集はしています。絵画をやるとどの色を使うかが先にきますが、写真をもとに色を作っていくと、それが偶然決まってくるので、おもしろいなと思いますね。

——コロナ禍でやりにくくなりましたが、最近はiPhoneを使って、その場で画像を加工するというライブパフォーマンスもやられていますね。

小林:ライブパフォーマンスをやったのも身体性が自分の作品では重要なんだと認識してもらいたかったからなんです。

自分の作品の影響について自覚的であるべき

——「ダンヒル」や「ルイ・ヴィトン」など世界的な広告の仕事も増えてきています。コマーシャルと自身の作品では意識の違いはありますか?

小林:広告は細かい制約はあるものの、作ることへの意識の違いはないですね。「ダンヒル」では実際に服に自分の作品をプリントしてもらったり、「ルイ・ヴィトン」では立体表現に挑戦したり、新しいことができたので、自分の表現の幅を広げるきっかけになりました。

それとは少し話は逸れるんですが、ファッションの仕事をやってみて、改めて「カッコ良さ」が持つ意味、そしてカッコいいものを作れる人は、その力をどういう風に生かしていくべきなのか、を考えるようになりました。

作品(服なども含む)には、「どういう社会を作りたいか」というクリエイターの考えが、無意識にしろ、意識的にしろ、反映されていると思うんです。だから、その作品が他者にどう影響をおよぼすかは、自覚的であるべきだと思います。そこを無自覚でやっていると、自分が意図しないメッセージがたくさん入り込んできてしまうし、そうした無自覚の影響が必ずしも、良いものであるとは限らない。その危うさは理解しておくべきだし、自分が何を提示したいのかを、具体的に持って創作するべきだなと考えています。それはクリエイターの責任だと思います。

——確かにただカッコよければいいというわけではなく、そこにどんな想いを込められているのかは重要なことだと思います。最後にこれからやりたいことは?

小林:「ダンヒル」で西洋とのコラボをやったので、今度は着物や障子、ふすまなど、和文化とのコラボはやってみたいです。めっちゃカッコいい和服とかを作ってみたい。

もはや西洋的な考えだけでは頭打ちになってきていて、これからは自分達のもともと持っていた文化を見つめ直す時期だと思います。一般的に古いと思われていることも多い昔の日本の文化に、何かしらの形で携わって、和文化を再考するきっかけになるようなものを作っていきたいです。

小林健太
アーティスト。1992年神奈川県生まれ。東京と湘南を拠点に活動。2019年には、マーク・ウェストン率いる「ダンヒル」と2020年春夏コレクションでコラボ。またヴァージル・アブロー率いる「ルイ・ヴィトン」、メンズ秋冬コレクション2019のキャンペーンイメージを手がける。2016年に写真集『Everything_1』が、2020年に『Everything_2』がNewfaveより発行された。
https://kentacobayashi.com

Photography Ko-ta Shouji

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author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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