ダイバーシティ、インクルーシブ、ジェンダーなど、1人1人が自分らしく生きられる社会作りに取り組むことは世界中の共通認識だ。しかし、日本はこれらの取り組みが他国に比べて遅れていることは広く知られている。新型コロナウイルスのパンデミックという世界危機で取り組み自体の後退を懸念する声も広がっている。
10年前に起こった東日本大震災をきっかけに、海外に住んでいる日本人として日本を応援したいと考えたニューヨーク在住の日本人3人によるインディーズ映像制作チーム、Derrrrruq!!!(デルック)。日本社会の風潮を表すことわざ「出る杭は打たれる」の“出る杭”の音にちなんでつけられたチーム名を体現するように、日本のテレビドラマにはないセリフ回しや音響などの手法にこだわり、日本社会でタブー視されている題材を扱いながら全編をニューヨークで撮影している。1作目は、セクシュアリティ、外国人、多様性を扱った『二アベ(2nd アベニュー)』(2013)、2作目はセクハラ、ネット炎上、報道の在り方を問う『報道バズ』(2020)。1作目はYoutubeで無料配信、2作目は日本国内の11のビデオ配信プラットフォームで配信中、さらに2021年5月1日よりHuluでも配信予定。海外ではアメリカ、イギリスのアマゾンプライムで配信されている。国内外からの共感の声、各国の移民達からは「マイノリティ同士だから理解し合える」という評価もある。結成から10年目となる今年、主演を務める本田真穂と監督の川出真理、脚本を担当する近藤司に、ニューヨークで日本社会を題材にしたドラマを作りながら、それぞれが感じていることを聞いた。
日本社会に存在する「らしさの檻」から抜け出す方法
――震災後にもの作りに対する意識が大きく変わったそうですが、当時のことを教えてください。
本田真穂(以下、本田) :2011年は渡米してから2年が経った頃で、まだ自信がなく「とにかく英語を喋ろう」「アメリカ社会に溶け込もう」と、ストイックに暮らしていました。矢先に震災があり、家族や友人、日本にいる人との繋がり、自分のルーツなど日本のことを考える機会が増えた。そんな時に近藤が日本におもしろい風を吹かせるような企画を持ち込んでくれたのを覚えています。
川出真理(以下、川出):私は、日本とニューヨークを行ったり来たりしている時期で震災時は日本にいました。家族の体調が悪かったことも重なって、その後ニューヨークに戻っても、日本のことばかり考えていました。その時に自分たちにできることをやろうと思い、完成したのが『二アベ』です。日本からニューヨークに来た自分達の経験も反映することで、日本人へのメッセージになると考えました。自分が経験したことしか書けないですから。
――『報道バズ』の制作過程で大変だったことはありましたか? 日本で実際に起きた事件や企業名を使いさまざまな社会問題を取り上げていましたが、視聴者に「自分ごと」として考えてもらえるようにどのような演出をされたのでしょうか?
川出:『二アベ』でクラウドファンディングをしたので、次回はもうやりたくないと思っていたけど、結果的に再度やることになりました。やりたくないと思っていたのは、私達3人で全部の作業をやるので、徹夜続きで体調を壊してしまうのと、支援してくださる方に対する責任もあり、中途半端な覚悟ではできないから。アメリカでは、クラウドファンディングは既に盛んでしたが、自分達が好きでやっているものに「お金をください」と言うのは日本ではありえるのか不安だったので、精神的に大きな挑戦でした。
演出に関しては、日本語も英語もネイティブが日常的に使う言葉にこだわりました。それぞれの役者と対話をしながら、言わされている感じがしない、自然な言い回しができるセリフに書き変えていきました。
――それまで他人に無関心だった人が、社会問題や他人の経験を自分ごとにできるきっかけは何でしょうか?
近藤司(以下、近藤):日本社会に生きている人であれば、誰もが「らしさの檻」を押し付けられている。でも、それを取り外したい願望は誰にでもあるはずです。人間は誰であれ、表面的な「キャラ」や属性を越えた深さや複雑さがあることを想像することが大事だと思います。『報道バズ』には日本以外にもルーツをもつ2人のキャラクターがいます。1人は「私は日本人ですから」と日本を自身のアイデンティティとして自覚し、大事にしている女性。もう1人は、「見た目は外国人だけど日本人で、英語の喋れない“残念なハーフ”です」と言いながら自虐キャラを作っている男性。日本では「ハーフ」と一括りにされることが多いですが、当事者の数だけ多様な考えや性格があります。日本では「あの人はこういうキャラだから」「自分○○なんで」と自他共にカテゴライズをして、コミュニケーションを円滑にすることがありますが、そのことが人間の複雑さに関して思考停止を生んでいる側面もあると思います。自分に対しても、他人に対してもキャラ扱いしないことで社会問題や他人の経験に対する想像が働きやすくなるのではないでしょうか。押し付けられたキャラを本人が嫌だと思っていることは頻繁にあります。
例えば「私はゲイです」と言ったら、それを聞いた人が持っているゲイのイメージが先行してしまい、それに沿わない行動をすると「ゲイなのに」と言われることがある。本当の自分と、他人によって認識されたイメージに違いがあり、さまざまな人達が違和感や生きづらさを感じていると思います。相手が何を感じているんだろうと想像することはとても大事です。『報道バズ』が、それらの固定観念を取り払うきっかけになってくれたら嬉しいです。
また、日本社会では同調圧力も存在します。他人が苦しんでいても「忍耐は大事」「みんな我慢している」ということで実際にその人がどれほどの苦労をしているかを考えなかったり、対話せずに済むような思考停止している構造が出来上がっていると感じることがあります。多くの人が我慢をしているからこそ、他人より少し目立ち、意見を言う、何かを誇りに思って自分らしく生きている人に対して、反発や怒りを覚える人がいる。他人の経験を自分ごとにする力、エンパシーを持つには社会が我慢を強要しないことが大切だと考えています。
新しいものを追い続けるのではなく、不要なものを排除して自分を深める。
――自他共に作ってしまう「らしさ」の壁はどう打ち破っていけばいいでしょうか?
近藤:自分らしさとは本来あるもので、誰かに押し付けられるものではない。自分が情熱を捧げられるものを見つけられれば幸せですが、それは意外と難しい。新しいものを見つけていくというよりは、不要なものを排除して自分を深めていく方が健全です。自分の外に「らしさ」を見つけようとするのではなく、自分が嫌なものに対して「NO」と言っていくことで、本当に大切なものがわかるのではないでしょうか。
本田:無理をしない、嫌なことに「NO」を言う、やりたいことに挑戦する、伝えたいことをしっかり伝える。こういった行動を続けていくことで、自分らしい生き方ができるようになっていくと思います。
川出:私は日本で長年働いてきたため、自分の個性や感情を殺してしまう癖がついています。自分が我慢すること、その場を上手にやりくりすることに意識が向いていたのですが、ニューヨークに来て、それではいけないと気付きました。自分を幸せにすることが、人に課された仕事。誰もが意見を言えて、アイデアを出し合って、新しいものが生まれてくる心地よさを体験しました。
――2作品共に、登場人物達は自分らしさを見つけて、行動を起こしていきます。みなさんが、ニューヨークに住んでいることに心地よさを感じた経験を教えてください。
川出:『二アベ』は人種や属性などにとらわれず、いろんな人の助けを借りて完成させたので「ニューヨークで作った」と実感した瞬間でした。恩師や友人、たまたまロケ地にいたから声をかけてセリフを言ってくれた人まで、本当にたくさんの人達が関わってくれました。日本で作っていたら、きっと完成できていなかったと思います。ニューヨークは競争がとっても激しいけど、舞台に上がる権利は誰にでもある。
近藤:ニューヨークは、他人の才能、感性に対する信頼がある。競争はとても激しいけれど、才能を持っている人達が「この街には自分よりも才能のある素晴らしい人達がいる」と信じている場所だと思います。年齢、キャリア、肩書きに関係なく気軽にコミュニケーションができる環境があり、会ったばかりの人から「来週撮影する作品に出ない?」とおもしろいプロジェクトのオファーが舞い込んできたり、常にコラボレーターを探している。プロフェッショナリズムに対する厳しさはあるけれど、可能性に対する信頼はある。ニューヨークに来て5年目くらいは良い出会いがたくさんあり、物事がおもしろい方向に素早く進んでいくスピード感に乗れている感覚があり、(自分のことを)ニューヨーカーっぽいなと思いました。
本田:これは文化的な側面もあると思うので、誤解がないように話したいんですが、メイクを楽しめるようになったのはニューヨークに来てからです。日本に住んでいた時は、メイクをせずに人に会うのは失礼だと思っていました。メイクをしている自分がゼロで、メイクをしていない顔はマイナスだと思っていたのですが、本来ならメイクをしていない顔がゼロでメイクをしている顔がプラスですよね。
――川出さんは、『報道バズ』の主人公がつらい思いをする姿を見ているのは胸が痛かったとのことですが、それでも撮らなければと考えたのでしょうか?
川出:一歩を踏み出すことの大切さを描きたかった。私はニューヨークに来る前、日本で16年間働いていました。男性社会といえるような環境で働いていたこともあります。女性が初めて配属された部署、分野などで働き、新たな道を開拓したつもりですが、やはり求められる姿とやりたいことの狭間で、自分を殺して折り合いをつけることがよくありました。でもニューヨークでは、自分が相手と違う意見を持ったら、それを表明したり、意見に基づいて行動します。これらに影響を受けて、主人公がつらい思いをする姿は昔の自分を見ているようでつらいと感じながらも思い切って演出しました。本当に実在する女子アナだったら、あそこまで勇気を持てなかったかもしれないけれど、もう一歩踏み出した登場人物をリアルに描くことが、日本からニューヨークにやって来た監督としての仕事だと思っています。そこには、自分のニューヨークでの体験も投影しています。
ニューヨークの自由は自分の未熟さを反省することの連続でもある
――『報道バス』のゲイのキャラクター田村は、近藤さん自身の人生経験を反映されたそうですが、表現する上で大切にした部分を教えてください。
近藤:ニューヨークに来る直前の23歳の時に、家族や友人に自分がゲイであることをカミングアウトしました。嘘のないありのままの自分として友人を作ったのも、恋愛をしたのも、手を繋いで街を歩いたのもニューヨークに来てから初めて体験しました。田村のセリフで「ニューヨークに出てきて、やっと人として成長できた気がします」というところは、私自身の体験が反映されています。思春期に心から正直に人と向き合うことをしてこなかったことで、いくつかの側面で人間として重要な成長や学びを得られていなかった。自分はそれをニューヨークで遅れて体験してるんだな、と思ったのを覚えています。成長するということは自分のダメなところに気付くことですので、ニューヨークの自由さはただ素晴らしいだけでなく自分の未熟さを反省することの連続でもありました。
ゲイではない監督や脚本家が描くゲイのキャラクターは、書いている側が当事者ではないからか、一面的にポジティブに描かれていることが多く、やや複雑さにかける印象があります。多様な人達を映像で表現することはとても大切です。自分自身がゲイなので、実際の人生経験をもとに、覚悟を持ってかなり突っ込んだところ、もっと複雑なゲイの心理や醜い部分を書くことができます。一面的ではないゲイのイメージを表現していくことは、自分の使命だとも思っています。たとえそれが人間の醜い部分と繋がっていても、リアルな複雑さを備えていれば生身の人間の物語だと理解してもらえると信じています。
――本田さんは、『報道バズ』を「自分が日本にいた時に見たかったドラマ」と例えています。それはどのようなドラマでしょうか?
本田:2000年代の日本のドラマで覚えているのは、容姿端麗な俳優が出演していたこと。また、ドラマでの女性の描かれ方を見ているうちに女性はこうあるべきという価値観や、男女の役割を内面化してしまった部分も大きかったと思います。
でも今は、インディーズでもドラマが作れて、キー局に勤めていなくても作品を世に出せるし、有名俳優でなくても出演できるチャンスが増えてきました。多様なバックグラウンドを持つ『二アベ』、『報道バズ』の登場人物のような人間味のある、完璧じゃなくてかっこ悪い人達が登場して奮闘している、手作りのドラマがあってもいいと思うんです。それに魅力を感じてくれる視聴者もたくさんいるのではと期待しています。
――コロナ禍においてコミュニケーションの変化はありましたか?
本田:私は内向的で、1人でいる時にエネルギーをためるタイプだったのですが、人に会えない状況を強いられると気が狂いそうになる自分がいることを知りました。友人がフェイスブックで日本語でニューヨーク在住者向けの情報配信を始めたので、モデレーターとして関わっています。コロナ前までは気付かなかったのですが、日本語で発信されるニューヨークのネットニュースは、現地に住む人ではなく、日本在住者の関心を引くための内容のものも多くて。実際にニューヨークに住んでいる人間からするとあれっ? と思う内容がたくさんあった。コロナ禍のように緊張と不安を強いられて混乱しやすい場面では、日本語で配信されるニューヨークのニュースを見ない方がいい時もあると気付きました。
近藤:仕事仲間やクライアントとのやりとりから、ちょっとした日常の出来事まで、人の優しさに触れる機会が増えました。私は、アメリカだけでなくさまざまな国に住む人達と仕事をする機会があるのですが、以前だったら業務以外の会話をすることはなかった。でもコロナ禍は、お互いの近況を話したり、情報共有したりと人間味に溢れた会話もするようになった。忙しい時やクレームを言わないといけない時は、相手も自分と同じように人間なんだということを忘れてしまいがちですが、生きていく上で本質的に大切なことを思い出すいい機会にもなりました。
――次回作の構想はありますか?
川出:英語圏向けにも作りたいです。英語圏ではない国から英語圏に来たマイノリティという視点からも発信できることがあると思うので、今後はより作品の幅を広げていきたいです。
近藤:次回作に向けて、配信、制作など含めパートナー、プロデューサーを随時募集しています。過去作品の続編、スピンオフなど、一緒に何かやりたいと言う方はぜひ気軽に連絡をください。