日本のアール・ブリュットが独特の特徴を持って今も変容し続けていること

本物のアール・ブリュットの作家は、作品を作らなければならないから作る

「日本のアール・ブリュット」という言葉は、フランスの近代画家であるジャン・デュブッフェが1940年代に確立した、分類が難しいカテゴリーの作品との歴史的な結びつきを想起させる。現在、このカテゴリーに含まれるいくつかの特徴は、日本における独学の現代作家の作品と密接に関連している。その特徴は、絵の具あるいはインクを使って、紙や粘土、コラージュで作った紙の他、手で編んだ布で作品を制作するなど、素材を独創的かつ巧みに使っていることだ。

日本人作家の作品には、古久保憲満の都市を俯瞰した大型のドローイングのような野心的なテーマや澤田真一の突起物に覆われた素焼きのモンスターのような独特な形のものがある。これらの作品は、感情的にも心理的にも何かに取りつかれたような特性があり、惹きつけられる。2018年に、パリの「アル・サン・ピエール」で開催された展覧会「アール・ブリュット・ジャポネ」では、鉛筆と色鉛筆やマーカー、水彩絵の具の紙の上に描かれた古久保憲満の作品が会場の壁の全面を埋め尽くした。

前編でも述べたように、70年以上も前にデュブッフェは「アール・ブリュット」「生の芸術」の定義を唱えた時、「この言葉は、主流の文化や社会から外れたところで生きる人達が作った作品のことを指す」と説明した。作家達は美術学校に通わず、主流の美術史にとって重要な要素であるスタイルや批評的考察のことをよく知らない。

実際、デュブッフェが作品を収集した作家の大半は、自分達のことをアーティストとは思っていなかった。彼等にとっては、学究的あるいは理知的な概念としてのアートというのは存在せず、日々の生活の中でも関連性がなかった。 私が、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの歴史についての講義を行う時、独学で学んだ作家と美術学校で訓練を受け、主流のアート市場で作品を売ることを目的に制作をするアーティストの間には大きな違いあると述べている。本物のアール・ブリュット/アウトサイダー・アートの作家は、作品を作りたいのではなく、作品を作らなければならないから作るのである。彼等にとっては呼吸をするのと同じように、生きていくために必要なものであり、作品を作らずにはいられないからだ。日本のアール・ブリュットと位置付けられている作家の優れた作品にはこの傾向が感じられる。

海外コレクターからの需要は高まるばかり

ドローイングでは、構図を作る二次元の広がり、つまり絵画となる空間の1cm四方すべてを埋め尽くすことが多い。阿部恵子はゲルインクのペンを使って画用紙に、連なる花々や人物や色とりどりの格子を描く。作品は生き生きとしていて、阿部は日常的な題材に喜びを見出しているように見える。滋賀県にある障がい者のためのアートスタジオ、やまなみ工房のメンバーで作家の鵜飼結一朗のドローイングは欧米で熱狂的な支持を得ている。

毎年ニューヨークで開催されるアウトサイダー・アート・フェアで、東京に拠点を置くアート・ディーラーの小出由紀子は、外国人コレクターに鵜飼結一朗の作品を紹介し、大きな成功を収めた。鵜飼の作品には、恐竜や歴史的な衣装を身につけた国内外の人物をはじめ巨大な昆虫や古代の帆船、モンスター、ロボットなどがぎっしりと描かれている。

日本のアール・ブリュットの作家達は、たとえ作品が抽象的であってもテーマを解釈することが多い。(結局、抽象芸術の題材は芸術そのものの本質と表現の可能性だ)そのような抽象的な作品の中には、横山明子の黒、白、赤というシンプルかつ力強い色彩のマーカーを使い、紙に描かれたドローイングも含まれる。(私がスイス・ローザンヌのアール・ブリュット・コレクションでキュレーションを務めた展覧会「日本のアール・ブリュット:もうひとつの眼差し」では、横山の大胆なドローイングを数点展示した)横山は、埼玉県・川口市にある障がい者のためのアートワークショップ工房集に所属している。

1996年生まれの中川ももこも、紙の上に色彩豊かで抽象的なドローイングを描く若い女性作家だ。ボールペンやマーカーで細い線から成るダイナミックな網状の形を描く。その構図は、まるで前衛的な建築物の設計図面のようだ。河合由美子もやまなみ工房に所属する作家で綿布と刺繍糸を使い、乳房にも似た未知の有機的な成長物ともいえる神秘的な立体作品を制作している。同じ工房に所属する井村ももかも、不思議な布作品を制作している。柔らかい、明るい色の布を使って丸い塊を作り、プラスチックのボタンで覆う。不思議な物体はとても奇妙であると同時に魅力的だ。

田村拓也は対象をシルエットで表現する手法を編み出した。さまざまな色の太いマーカーを使い、マス目で男性や女性、動物などの形を作る。この手法は規則性があるにも関わらず、豊かな表現力を持つ。

独創性の高いアール・ブリュットの作家として、西岡弘治や大倉史子、鎌江一美の3人の名も挙げたい。西岡は大阪のアトリエコーナスに所属し、音符や横線が書かれた楽譜を歪めて描くことで、リズミカルで抽象的な作品に変容するドローイングを制作している。

大倉は、工房集でミクストメディアのコラージュ作品を手掛けている。女性の顔写真を雑誌から切り抜き、コピーをして、小さな紙に書かれた名前や言葉を透明なテープでつなぎ合わせて不定形のオブジェを制作する。一風変わったオブジェは、二次元の絵画であると同時に三次元の彫刻のようでもある。

やまなみ工房では、陶芸家の鎌江一美が2つ以上の顔を持つ人物の彫刻を制作し、工房の責任者を作品のタイトルにしている。彫刻のざらざらとした質感の表面と波打つような形、曖昧な表情が特徴だ。

このような作品が、日本やヨーロッパのギャラリーや美術館で展示されている他、ニューヨークのアウトサイダー・アート・フェアやアメリカのごく一部のギャラリーで作品が販売されている。海外コレクターからの需要は高まるばかりで、ニューヨークの現代美術ギャラリー、ヴィーナス・オーバー・マンハッタンは、日本のアール・ブリュット作家である澤田真一の陶磁器の彫刻の個展を開催したほどだ。ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された展覧会のレビューでは「小さな角や爪や突起物で覆われた澤田が作った生き物は見る人に『日本の神話や、中世の動物寓意譚』を彷彿させる」と評された。

日本人のアール・ブリュット作品を海外に届けるために必要な既存ギャラリーとの協働

他にも、イギリスのジェニファー・ローレン・ギャラリーやニューヨークのキャビン・モリス・ギャラリーでは、日本のアール・ブリュット作家の作品を定期的に展示している。また、スイスのローザンヌにあるギャルリー・デュ・マルシェでは、小林一緒の作品が販売されている。埼玉県在住の小林は、30年以上も前から、コンビニエンスストアの食品も含む、今まで食べてきたすべての食事を、イラスト入りで詳細にノートに記録してきた。小林の作品は、2018年から2019年にスイスの美術館で開催された展覧会で展示され、大変な人気を博した。

日本のアール・ブリュットやアウトサイダー・アート研究の第一人者で、アート・ディーラーでもある櫛野展正が小林の色彩豊かな画集を紹介してくれた。櫛野は最近まで広島県福山市でギャラリーを運営していたが、現在は静岡県のアーツカウンシルしずおかに所属している。櫛野がアウトサイダー・アートにおける発見について執筆した著書には『ヤンキー人類学 突破者たちの「アート」と表現』(フィルムアート社、2014年)、『アウトサイドで生きている』(タバブックス、2017年)などがある。

日本のアール・ブリュット作家の作品をより多くの海外コレクターに届けるためには、すでに日本人作家の作品を扱っているギャラリーと協働することが必要だ。しかし、日本のビジネスパートナーと効率的にコミュニケーションを取るには言葉の壁がある。また、海外のアート・ディーラーは、日本人作家とその家族や保護者、彼らが所属する社会福祉法人が海外との関係構築には、慎重に時間を重ねたいと考えていることを考慮しなければならない。作家の多くは国際的なアート市場では新参で、海外のアート・ディーラーは日本企業との直接取引をした経験が少ないからだ。

杉本志乃と萩中華世が運営をしている恵比寿のACMギャラリーでは、独学で作品を制作する作家の作品を展示している。その中には、大型の半抽象的な世界地図を描く松本寛庸や大阪在住で鳥の絵を描く若手の女性作家のミルカの作品もある。杉本と萩中は、メールインタビューで「欧米に比べて日本のアート市場は小規模です。アウトサイダー・アートに限らず、どんな分野のアートにしても作品を販売するのは難しい」とコメントした。日本ではほとんどの現代美術コレクターが、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの歴史に明るくないため、近代美術や現代美術の歴史の中でどのような価値があるのか、作品の投資価値も正確に把握することができない。

杉本と萩中は、美術館がアール・ブリュットやアウトサイダー・アートの分野にもっと目を向ければ、才能ある作家の作品価値がより理解され、鑑賞者も美術館で多様なアートを求めていると考えている。美術館の在り方に関しては「例えば、美術館が社会福祉を推進する場所になれば素晴らしい」とコメントしている。

日本における主体的な関心が国内のアール・ブリュットを飛躍的に成長させた

これまで、滋賀県立近代美術館はアール・ブリュットの重要なコレクションを築いてきた。質の高いアール・ブリュットの展覧会を開催し、日本人作家の、創作の歴史に関する優れた目録も発行している。滋賀県は陶磁器の産地としても有名で、斬新な素焼きの彫刻で知られる澤田信一や鎌江一美ら多くのアール・ブリュットの作家が滋賀県出身である。

滋賀県立近代美術館の学芸課長である池上司はあるインタビューで、「日本の美術館はモダンアートの理論のみでは十分に説明できない」、作品群を説明するため「どのような言葉や見方で語り得るのかを模索している」とコメントしている。また、既存のモダンアートのコレクションとの関連性においては「美術館はそのような課題を達成する努力をしなければならない」とした。また、アール・ブリュットやアウトサイダー・アート作品を見て、理解するために、「基礎的な作品研究や作家研究が欠かせない。アール・ブリュットに関心を持つキュレーターや研究者、作品を収蔵する施設が増えれば増えるほど、基礎研究は充実していく」と述べた。

アール・ブリュット/アウトサイダー・アートの作品収集や研究のカテゴリーが生まれた欧米から見れば、日本における主体的な関心がアール・ブリュットを飛躍的に成長させたといえる。多くの日本人作家の作品に見られる共通の技術的・様式的特徴は、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの歴史の中で、“日本のアール・ブリュット”という概念を際立たせている。

前編に登場した京都のギャルリー宮脇のディレクター宮脇豊は、長年にわたりヨーロッパに日本の最高峰のアール・ブリュット作品を紹介してきた経験がある。最近のインタビューで「このようなアートと作品を制作する作家の並外れた創造的エネルギーは日本で評価されるべきだ。理解を深めることで、アール・ブリュットの価値を高めることにつながる」と語っていて、アール・ブリュットの「先鋭的な精神」を高く評価している。また、「作家達は決してアウトサイダーではない。彼らの作品は従来の退屈でファッショナブルなアートに対抗している。アール・ブリュットのこのような側面に魅了されるべきだ」と結んでいる。

Translation Fumiko M

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author:

エドワード・ M・ゴメス

美術評論家、美術ジャーナリスト、キュレーター。ニューヨークと東京、スイスを拠点とし、日本の現代美術やアール・ブリュットに深く関わってきた。最近は、アメリカの美術文化誌『Hyperallergic』に「ヨコハマトリエンナーレ2020」についての記事を寄稿した。

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