「美しさに正解はない」 吉川康雄が新ブランド「アンミックス」に込めたその想い

待望の新ブランド「アンミックス(UNMIX)」を新たにリリースしたビューティクリエイターの吉川康雄。2019年に惜しまれながらも終了した「キッカ」のビューティクリエイターを10年にわたり務めた彼が、新ブランドで伝えたい思いとは? マスク必須の今、あえて赤のリップでブランドをスタートさせる理由、そして、現代を生きる女性に伝えたいことなど、ニューヨークから一時帰国した吉川に聞いた。

――19年3月に「キッカ」のビューティクリエイターを退任して2年。このタイミングで新ブランドを発表することになった経緯とは?

吉川康雄(以下、吉川):本当は昨年秋にデビューするスケジュールで動いていましたが、約半年延期しました。新ブランドは口紅1本から始めたいと最初から決めて進めていたのですが、コロナ禍でのスタートはさすがに難しいと判断して4月1日発売に。今も新型コロナの収束は見えていないけれど、僕自身この半年の間に気持ちや生活に変化があり、逆に「これはいい機会なんじゃないか」「今だからこそ始めたい」と思うようになったんです。

――コロナ禍でリスクもある中、“今”と決断した理由は?

吉川:確かに、昨年末くらいから親しい人に相談すると、みんなに引かれました(笑)。昨年秋に発売延期を決めた際、ワクチンの普及が発売のソリューションと思っていたのですが、日本ではそれはまだ見えてこない。その一方で、「今の気持ちって何だろう?」と考えることが増え、見えない将来より今に向き合うことが大切なのではと思うように。自粛生活が長くなって自分と向き合う時間が増えたことで、自身の存在について考え、成長した人も多かったと思います。コロナ禍になる前から「自分を大切にしよう」と言うムーブメントが始まりかけていたけれど、自分を見つめる時間が増えたことで、その流れが加速したと感じます。それであれば、今なんじゃないかと決断しました。

マスクだからと、無理に目元を強調する必要なんかない

――日本ではマスクメイクとして、目元を強調するメイクが多く紹介されています。

吉川:マスクで口を隠したら、あたりまえだけれど目しか見えません。ただでさえ目が強調されるのに、それでアイメイクを強くしたら怖くなるだけ。アイメイクを強調するより、もっと自分の魅力を大切にして、と伝えたいですね。アイメイクは今まで通りでOKだから、自身を労るように丁寧にメイクしましょう、そのほうが大切ですよ。

――赤いリップからブランドをスタートした理由は?

吉川:マスクをするようになって、口が人の目に触れることがなくなったけど、それは何を意味しているのか? 顔の中で口って唯一血色を感じられる器官で、血色は華やかさであり、生命感であり、エネルギー。1年間、マスクで口を隠す生活をしてきて、今、あらためて「唇ってすごく魅力的な部分だったんだ」と感じます。外出する際はマスクが必須になった一方で、マスクを外す瞬間がとてもドラマチックなモーメントになったと思いませんか? そのドラマチックな一瞬のために唇を少しだけきれいにしてあげる。それが「自分をきれいにするメイク」だし、その感覚をもう一度、思い出してほしい。

今回提案しているのは、血色を程よくプラスして、華やかさを少し添えるような赤。輪郭もはっきり取らない赤なので、マスクに少し触れても崩れる心配はありません。まずは、「マスクをしているから目しか見えない、リップは必要ない」との思い込みをなくして欲しい。マスクをしているからって、マスクに自分を合わせる必要はないはず。だってマスクが主役なのではなく、あなたが中心なのだから。

くすみが色気をつくり出す

――レッドに続いて5月にはピンク、6月にはオレンジ、7月にはフィグと発売が続くが、色のこだわりを教えてください。

吉川:最初に発売する“レッドローズ”は、静脈の血の色をイメージにして、鮮やかな赤にくすみを入れています。同じように“ピンクサファイア”も“サンセットオレンジ”も鮮やかなピンクやオレンジにくすみをプラスしているから唇にのせると落ち着く、それがくすみの良さ。くすみとは、肌の黄み、静脈の青、肌の影となる茶、それらの色が混ざったもの。みんな、くすみを消そうとする傾向があるけれど、すべての女性を美しくみせる色は、いろんな色が合わさってできている。くすみが色気をつくり出すんです。

「アンミックス」のリップは唇ができるだけ透けて見えるように、極薄化粧膜で仕上がるようにできています。人それぞれそのくすみが透けることで、いろんな色が肌に馴染んで誰にでも似合ってしまう。くすみという言葉をネガテイブに捉えて嫌がる人が多いけれど、実はポジティブで大切なものだと、最初に発売する“レッドローズ“で気付いてもらえたらと思います。

――シーズンを意識しない商品リリースにする理由は?

吉川:「9月は秋」といっても、それはファッション業界や化粧品業界だけの話で、実際は残暑が厳しく一般の消費者は秋という認識がないのでは? 定例のお祭りみたいにシーズンコレクションを見せるのではなく、1本1本丁寧にみんながきれいになるためのプロダクト情報だけを伝えていきたい。ただ、四季の移ろいは美しいので、その空気感は表現していきたいと思っています。

――パッケージデザインも手掛けていますが、コンセプトは?

吉川:ロゴもパッケージもできるだけシンプルにしました。部屋に置いたときや、バッグに入れたときに邪魔にならないもの、家のインテリアや自分の持ち物と同化できるものをイメージしています。リップで白のパッケージは珍しいかもしれないけれど、実は僕の部屋が白い理由と同じで、白は色をニュートラルに見せてくれるから。ピュアな印象もあり、できるだけ自分がその色を生んだ環境と同じがいいかなと。

すべてのアイテムが最高の化粧効果を持っているスキンケア

――今後の展開は?

吉川:リップの次はアイメイク、ファンデーション、最終的にはスキンケアも含めたフルラインアップを考えています。ただ、スキンケア、ベースメイク、ポイントメイクと線で区切るカテゴリー分けはしません。女性の24時間を考えると、肌表面は昼も夜も近い状態であったほうがいい。そのために、昼のメイクに使うものには保湿成分をたっぷり含ませ、しっとりとした感触にこだわっています。リップにもホホバ種子油やアボカド油などの保湿オイルを入れているので、リップケアのつもりで使ってほしい。これから発売していくアイテムも、最高の化粧効果をもっているスキンケアだと思って使ってほしいですね。

――吉川さんは日本とニューヨークを行き来していますが、美容に対する意識は違いますか?

吉川:日本とアメリカで化粧の上手い下手はないですが、化粧品の広告に影響されるから、どうしても厚化粧になる傾向はどちらにもあります。唯一異なるのはファンデーションの考え方。日本では高校を卒業して化粧の仕方を教えてもらう際に、まずファンデーションを塗ることから始まるけれど、海外では何か肌にトラブルがあるとき以外は、若い人はほとんどファンデーションを塗りません。なぜなら「人の肌ってきれいだよね」との考え方がベースにあり、「きれいな素肌が一番」という価値観が刷り込まれているから。日本の場合は、せっかくきれいな肌をしているのに、出かける時はファンデーションを塗る前提になっているのはすごく残念。

よく10代のフレッシュな女優さんが出てくると「あの子、すごい透明感あるよね」と言うけれど、その透明感の意味についてももっと具体的に話したほうがいいのでは? 本来のものを隠さないことが透明感に繋がるから、肌にファンデーションを厚く塗って違うものにしてしまったら、透明感がなくなるのはあたりまえ。だから「あの子には透明感があって、年齢を重ねた私には透明感はない」となってしまう。

「アンミックス」のビジュアルで一番伝えたいのは、「人間の肌ってきれいだよね」ということ。だからビジュアルは産毛も肌のキメも毛穴も見えていてリタッチしていません。新鮮な果実のようなフレッシュな魅力にこだわることで、「そのままできれいだよ、それで出かけていっていいよ」というメッセージをそこに込めました。

必要なのは、その人の存在や本来持っている美しさに寄り添うこと

――コンプレックスを煽るようなプロモーションを見ることがありますが、それについてはどう思いますか?

吉川:世の中に誰1人として同じ人はいません。性格、年齢、肌色、顔の作りや体型、全て違う。それなのに、1つの美しさを掲げて「これが正解です」としたら、その瞬間にその1つ以外はすべてストレスを受けます。みんなが違って生まれてくる意味を考えたら、美しさに正解なんてないし、目指すべき1つのものなんてない、と気付くはず。僕が女性の力になれるのだとしたら、それはその人の存在や本来持っている美しさに寄り添うことで、個性を消さないことがすごく大切。“○○風メイク”というのは説明しやすいし売りやすいと思うけれど、もうそんな時代じゃない。だから提案する側には、もっとデリカシーを持ってほしいし、そうじゃないと人は幸せになれない。「アンミックス」はそれを大切にしていきたいと思います。

――最近はフェミニズムのムーブメントが大きくなっていますが、メイクや美容でできることは?

吉川:美容って、自身の肌に触れてお手入れするものだから、自分が自分をどう思っているかが出やすい。だからこそ、スキンケアやメイクという行為が大切だと伝えたい。生きていれば、男性や女性という区別なく、嫌な気分になる出来事が起きるもの。自身をプロテクトするためにも、自分に意識を向けて大切にしてほしい。大きな変革よりも、そんな身近なことが実は大切なんだと思っています。

――あらためて、吉川さんにとって“美しさ”とは?

吉川:僕の仕事は何かテーマをもらって女性にメイクをするのですが、いつもその女性とのセッションだと思っています。テーマのために作ったマスクをかぶせるのではなく、そのテーマとメイクする女性が本来持っている美しさをつなぐのが僕の仕事。今までトップモデルから一般の女性まで何千人という女性にメイクをしてきたけれど、それぞれに魅力があって、本来もっている美しさがテーマに沿った形で表現できた時は成功で、その魅力が消えてしまった時は失敗。プロとしてアレンジはしていいけれど、個々の魅力は決して消してはいけない。それは美しさを表現する上で間違いなく言えることです。

吉川康雄(よしかわ・やすお)
メイクアップアーティスト。1959年、新潟県生まれ。1983年にメイクアップアーティストとして活動を開始。1995年に渡米。2008年から19年3月まで「キッカ」のブランドクリエイターを務め、現在はニューヨークを拠点にファッション、広告、コレクション、セレブリティのポートレートなどトップメイクアップアーティストとして活躍する。また自身で美容情報サイト「unmixlove」を立ち上げ、取材、執筆もこなす。著書に「生まれつき美人に見せる」(ダイヤモンド社)、「褒められて嬉しくなる キレイの引き出し方」(宝島社)、「いくつになってもキレイ!になれる」(世界文化社)などがある。
https://unmixbeauty.com/

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author:

川原好恵

文化服装学院ファッションマーチャンダイジング科出身。ビブレで販売促進、広報、店舗開発などを経て現在フリーランスのエディター・ライター。ランジェリー分野では、海外のランジェリー市場について15年以上定期的に取材を行っており、最新情報をファッション誌や専門誌などに寄稿。ビューティ&ヘルス分野ではアロマテラピーなどの自然療法やネイルファッションに関する実用書をライターとして数多く担当。日本アロマ環境協会認定アロマテラピーアドバイザー。

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