写真家エルウィン・オラフはコロナ禍で未来の自身を視た。ロックダウン下のオランダで開催中の最新個展レポート

筆者が暮らすオランダでは、昨年12月から現在に至るまで、実に4ヵ月以上ものあいだロックダウンが継続中だ。大型施設は依然として閉鎖されたままで、その中には美術館も含まれる。芸術鑑賞の機会が極端に失われてしまったことから、本連載はしばしの休載をいただいてきた。しかし今月に入って段階的に緩和され始め、少なくともギャラリーに関しては、入場の4時間前に予約を取る必要があり、なおかつ各時間に人数制限の設定こそあるものの、諸条件さえ満たせば入れるようになった(2021年4月23日現在)。

かくして、筆者にとっては実に4ヵ月ぶりとなるギャラリー訪問がかなった。その皮切りに選んだのは、オランダを代表する写真家エルウィン・オラフ(1959年-)の最新個展である。

世界遺産として知られるアムステルダムの歴史的な環状運河地区。運河に沿って17世紀に発展したレンガ造りの古い建造物がなお健在するこの街を歩いていると、今が一体いつの時代なのかを忘却してしまうほどだ。その外れに位置するGalerie Ron Mandosのギャラリースペースを埋め尽くしたのは、オランダ出身の写真家であるエルウィン・オラフの作品群。

オラフが得意とするステージングされたポートレート作品を主軸にしながらも、さらなるスケールアップを図った壮大な展覧会に仕上がった。アムステルダムの家屋が持つ特徴的な縦長のスペースを、手前から順に『Im Wald』『Ladies Hats』『April Fool 2020』の3シリーズが展開する。

本稿では『Im Wald』および『Ladies Hats』に絞って紹介したい。

オラフ初となる屋外撮影作品

ギャラリーのエントランスから奥へと向かって印象的に空間を包み込んだブルーの壁には、2020年に制作された壮大なシリーズ『Im Wald』が堂々と飾られる。これまで室内ポートレート作品で知られてきたオラフにとっては初となる大自然を舞台にした写真作品だ。

長辺2メートル強はある大判プリントに焼き込まれた大自然の景色に思わず圧倒されるが、近づいて視ると、どのイメージにも人物が小さく映り込んでいることに気付かされる。本作は昨今の気候変動やコロナパンデミックを含む地球規模の環境問題に着目したものであり、私達人類の実質的な矮小さを力強く訴える。

2019年の終わりにミュンヘンにある美術館Kunsthalle München(クンストハレ・ミュンヘン)で現在開催中の大規模個展のためにドイツを訪れたオラフは、ひょんなことから森林レンジャーが率いる大自然ツアーに参加。ドイツとオーストリアの国境に位置するアンマーガウアルプスを訪れた。国名からして「低い土地」である彼の祖国オランダは、国土の4分の1が人の手によって埋め立てられた干拓地であり、壮大な自然に触れる機会がそれほどないと言える。それだけにアルプス訪問は彼に深い感銘を与えたようだ。

「私たち人類がどれほどちっぽけな存在であるかを考えました」。彼はオランダ・「Volkskrant」紙のインタビューに答える。「同時に考え始めました。世界中で70億人もの人々が空を飛び、逃れ、移住し、休暇をとることは間違っているのではないかと。あの森の中で、人類の旅と自然への誇りは私にとって1つになったのです」(※1)。かくして大自然から気づきを得たオラフは、ロックダウンから一時的に解放された昨夏、その森を再度訪れ、10日間で『Im Wald』の写真群を撮影した。なおこの題名はドイツ語であり、和訳すると『森の中で』となる。

(※1)Erwin Olaf ging het bos bij Beieren in en kwam terug met zijn somberste fotoserie ooit(de Volkskrant)
https://www.volkskrant.nl/cultuur-media/erwin-olaf-ging-het-bos-bij-beieren-in-en-kwam-terug-met-zijn-somberste-fotoserie-ooit~b801b3d8/?referrer=https%3A%2F%2Fronmandos.nl%2F

「Am Wasserfall」(2020年和訳「滝にて」)では、森林を切り開く崖の大滝が、2メートル近くはある画面いっぱいに捉えられていることから、とりわけ展示会場では滝ばかりに目が行きがちであったが、しばらく眺めていると、画面右下に佇む裸の3人の存在に気付く。

彼らと滝のスケールがまるで噛み合わないことからもわかるように、彼らのうち2人は畏怖の眼差しで滝を眺めるも、対する滝は彼らに対して無関心であるとも受け取れるほどに絶大な力強さを見せつける。アンマーガウアルプスの大自然の中でオラフ自身が体感した素直な衝撃が象徴的なステージングによって強調されたことで、鑑賞者である私達にもその追体験を可能としている。

伝統と革新のハイブリッド

ここで「Am Wasserfall」内の3名の人物像に注目すると浮かび上がるのは、アメリカ近代美術を代表する画家トマス・エイキンズ(1844-1916年)の「The Swimming Hole」(1884-1885年、邦題「深みの水泳」)だ。

実際にオラフ自身、泳ぐことができるほど深い川辺でくつろぐ裸の白人男性6人が描かれたこの絵から触発されたのが「Am Wasserfall」だと語るように、身ひとつで自然に溶け込む若者らの姿は双方のイメージにおける共通点となっている。レンブラントやフェルメール、あるいはゴッホなど、歴史に名を残す著名画家を数多く輩出してきたオランダ生まれのオラフは、古典的な西洋絵画へのオマージュを頻繁に作品に取り入れたステージド・フォトグラフをこれまでも多く手掛けてきた。その特徴が本作においても確かめられる。

その一方でオラフの「Am Wasserfall」では、登場人物らが白人から黒人に置き換わった。また、どちらもリーダーを思わせるポージングをした人物が画面中央に描かれるが、「Am Wasserfall」においてはこの象徴的な人物を女性が務めていることも注目に値する。古典をなぞらえながらも、MeTooやBlack Lives Matterの観点を組み込むことで、時代に即した細部のアップデートを忘れていない。

振り返れば、オラフはポートレートの表現にPhotoshopによるデジタル加工をいち早く取り入れた写真作家の一人でもあった。彼の名を世界的に知らしめたシリーズ『Royal Blood』(2000年)などは、デジタル技術なくして生まれなかった作品の代表例だ。伝統を重んじながらも、新しい技術や発想を積極的に取り込むエクスペリメンタルな姿勢は、クラシックとコンテンポラリーを同時に突き詰めるオランダ人の長所そのものと言えるだろう。

コロナ禍の大自然で視た未来の自身

『Im Wald』シリーズには壮大な大自然の景色のほか、15名ほどを写したポートレートも含まれる。中でも印象的なのは、オラフ自身が両眼を開閉させながら写った2枚だ。

今年62歳となる彼だが、36歳で肺気腫を患い、60歳以上は生きられないと医師から宣告を受けた身であった。コロナに感染した場合はおそらく生き残れないだろうとも言い渡されている。本作を撮るために標高1200メートルの高地を訪れる必要があった彼は、肺への負担を和らげるため、鼻に酸素チューブを取り付ける必要に迫られた。その姿で写り込んだのが、この2枚というわけだ。全方位を枝葉に包まれながら、果たして彼は何を思ったのだろうか?

奇しくもオラフは、今から10年以上も前の時点でその姿を予言していた。2009年に彼が50歳を迎えた際に撮られた3枚のセルフ・ポートレート連作『Self Portrait – 50 Years Old: I Wish, I Am, I Will Be』(※2)はその題名通り、最初の1枚がデジタル加工によって若々しく肌が張り筋骨隆々となった理想的な彼の姿を(I wish)、2枚目が2009年における本来の姿を(I am)、そして3枚目がやはりデジタル技術によって数十年後の老いた姿を(I will be)現したものである。その3枚目で、彼は鼻に酸素チューブを取り付けていたのだ(その作品が観られるページのURLを下部に貼ったので、是非とも本作と比較して観ていただきたい)。

(※2)オラフの「Selfportrait 50 Years: I Wish, I Am, I Will Be」は彼の公式ウェブサイトで観られる
https://www.erwinolaf.com/art/I_wish_I_am_I_will_be_2009

それから約10年の月日を経て、かつて自ら予言した将来の姿を、彼は想像もしない形で目撃することになった。4半世紀近くのあいだ闘病してきた彼にとって、死は常に隣り合わせだったわけだが、コロナパンデミックの到来は彼にとってその感覚をさらに強めたはずだ。その彼がカメラの前に立って、両眼を閉じて見せた。その姿から彼なりの覚悟を感じ取らずにはいられない。

両性具有の戯れ

会場の奥に進むと、それまでの荘厳なブルーの壁から明るいホワイトの壁にがらりと変わり、従来のオラフらしいポートレート群が姿を現した。モノクロとカラーの写真が交ざったこちらは『Ladies Hats』。19世紀後半までの西洋美術史においては装飾が施されたハットを被る男性の姿が顕著に確かめられるが、それ以降はまるで見られなくなったことをきっかけに制作されたシリーズだ。

モデルらのポージングやライティングからは、やはり絵画からの影響が確かめられる。シリーズ最初期の1枚「Hennie」を撮る際にオラフが参考にしたのはオランダ黄金時代、とりわけレンブラントによる絵画だ。その特徴の1つでもある、明暗のコントラストを巧みに構成するキアロスクーロという技法を採用したことで、神秘的な肖像を生み出している。

今や社会的女性要素と成り変わったハットとマスキュリンな肉体は相反するようでいて、しかし実際のところは本シリーズの中で見事な調和を遂げている。ハットをまとわせたことで自然と表情が柔らかくなり、親密さが増した。ここに私達は両性具有の戯れを見るわけだが、その判断基準というのも実際には時代ごとの価値観1つで大きく揺れ動くことから、異性愛規範下における父権的なジェンダー・パフォーマティビティの有り様を皮肉ることに見事成功している。

そのほか、コロナパンデミックによって引き起こされた現況から触発されて制作された映像と写真で構成された作品『April Fool 2020』が展示されている。還暦を迎えてなお精力的なオラフから、ますます目が離せない。

現在エルウィン・オラフの展覧会はアムステルダムのほか、ドイツ・ミュンヘンのKunsthalle München、そして中国・上海のDanysz Galleryで同時開催中だ。

■Erwin Olaf “Im Wald” at Galerie Ron Mandos(オランダ)
会期:2021年4月14日〜5月22日
https://ronmandos.nl/exhibition/erwin-olaf-im-wald/

■Erwin Olaf “UNHEIMLICH SCHÖN” at Kunsthalle München(ドイツ)
会期:2021年5月14日〜9月26日
https://www.kunsthalle-muc.de/ausstellungen/details/erwin-olaf/

■Erwin Olaf “Traveling Souls” at Danysz Gallery(中国)
会期:2021年4月27日〜6月8日
https://danyszgallery.com/viewing-room/10-erwin-olaf-traveling-souls/

Photography Tomo Kosuga

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author:

トモコスガ

1983年、東京都生まれ。2018年、オランダのアムステルダムに移住。フリーランスのアート・プロデューサーとして展覧会や出版物のプロディースを手掛けるとともに、写真家の故・深瀬昌久が遺した写真作品の管理団体「深瀬昌久アーカイブス」創設者兼ディレクターを務める。著書に『MASAHISA FUKASE』(英語・仏語版:Éditions Xavier Barral、日本語版:赤々舎、2018)がある。YouTubeチャンネル「トモコスガ言葉なき対話」にて写真表現の現在を日々発信中。 https://www.youtube.com/user/tomokaflex

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