宇多田ヒカルの名曲から着想を得たNetflixシリーズ『First Love 初恋』はいかにして作られたのか 監督・脚本の寒竹ゆりに聞く

寒竹ゆり(かんちく・ゆり)
映画監督・脚本家。1982年、東京都生まれ。東京と山梨を拠点に活動。日本大学藝術学部映画学科在学中の2004年に、ラジオドラマ『ラッセ・ハルス トレムがうまく言えない』(主演 池脇千鶴)で脚本家デビュー。2009年『天使の恋』(主演 佐々木希)で長編劇場用映画初監督。2010年、AKB48初のドキュメンタリー映 画『DOCUMENTARY of AKB48 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?』を公開。MVやCM、TVドラマ等、活動は多岐にわたる。韓国ロ ケで撮影した映画『ケランハンパン』(主演 チュ・ソヨン、村上淳)でゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞受賞。

1999年に発表され大ヒットした宇多田ヒカルの名曲「First Love」、その19年後に発表された「初恋」。この2つの楽曲にインスパイアされ、制作されたNetflixシリーズ『First Love 初恋』(全9話)がNetflixで独占配信中だ。

主演は満島ひかりと佐藤健の2人。満島が演じるのは、CAを目指すも不慮の事故で運命に翻弄され、現在はタクシードライバーの野口也英(やえ)。佐藤は、航空自衛隊のパイロットになるも、現在は別の道を進みセキュリティ会社に勤める並木晴道を演じる。1990年代後半、ゼロ年代、そして現在の3つの時代が交錯し、20年余りにわたる“初恋”の記憶をたどる1組の男女の物語。

制作にあたっては、2021年4月から9月、2021年12月から2022年3月までの長期ロケを敢行。10都道府県、250ヵ所を超えるロケ地が登場する。この壮大なスケールで描かれた作品はいかにして作られたのか。監督・脚本を務めた寒竹ゆりに話を聞いた。

——宇多田ヒカルさんの曲からドラマを作る、というのはユニークな企画ですが、寒竹さんにとって宇多田さんはどういう存在なのでしょう。

寒竹ゆり(以下、寒竹):宇多田さんとは同学年なんです。彼女が世の中に登場した時、その瞬間最大風速の強さが今も記憶に残っているんですよね。自分と同い年の子が大人を驚かせているというのが嬉しかった。毎日テレビで宇多田さんを特集していたのをすごく覚えていて。歌詞の独特の文節の区切り方とかを大人達が分析していたんですよ。それを観て「そこじゃない」と勝手に思っていました(笑)。「そんなことを語るより、曲を聴いて感じなよ」って。大人達にはわからない、と思うことで優越感を感じていたのかもしれないですね。

——本作の中で宇多田さんのデビュー・アルバム『First Love』がショップに置いてあって、そこに「僕らの時代が始まった」と書かれたコメントカードが添えてありました。それは当時、監督が感じたことでもあったんですね。

寒竹:そうですね。宇多田さんほど、新しい時代が始まった、と思わせてくれたアーティストはいなかった。彼女が現れたことによって、音楽シーンが明らかに変わったし、それを10代の子がやってのけたということが誇らしかったですね。

——ちなみに宇多田さんがデビューした頃、監督はどういう生活を送っていたんですか?

寒竹:映画や本はずっと好きでしたが、中学時代は晴道みたいに反抗しまくっていて。赤マルは当時付き合ってた先輩が吸っていた煙草ですね(笑)。高校では軟式テニス部に入ったんですけど、すごい強豪校で。一転して軍隊みたいな生活になりました。このドラマみたいにキラキラした青春じゃなかったです(笑)。それでも宇多田さんのことは気になっていて。好き嫌いを超えて、10代の頃から、ずっと特別な領域にいるアーティストだった気がします。

——宇多田さんの曲から、どんな風に物語を考えていったんですか?

寒竹:仕事場の3台のモニターに、それぞれに「Automatic」「First Love」「初恋」の歌詞を並べて、そこに書かれていること、描かれている言葉の景色について、数週間、考えたんです。そうする中で感じたことがあって。「Automatic」って、恋をした時に自分でも思いもよらない反応が自動的に発動してしまう、という歌なんですよね。恋というのはフィジカルな反応で、そのことにまず驚いている。「初恋」でも同じことを歌っていて、足がすくむ、という身体の反応によって恋を自覚する。つまり意識よりも先にきているわけです。そういった自然に何かに反応してしまうというプリミティブな感覚を、彼女は一貫して歌い続けていると思ったんです。その感覚を物語にするにはどうしたらいいだろうと考えました。

満島ひかりや佐藤健のキャスティングについて

——体が勝手に反応してしまう、そんな理屈ではないフィジカルさが物語の重要な要素だったわけですね。ヒロインの野口也英役に満島ひかりさんを起用した理由は?

寒竹:基本的に脚本は、セリフで本心を言わないように書いています。思ったことが言えないのが人間だし、そこからこぼれ落ちたものに人は心を動かされたり、自分を重ねたりすると思うので。だから表面的なテクニックではなく、身体そのものから情感がにじみ出るような役者がよかった。満島さんはフィジカルな反応が雄弁なんですよね。体温の高揚とか、目のうるみとか。だからこそセリフで嘘をつけるというか。

——ドラマを観ていると、満島さんがとても生き生きと演技されているのが伝わってきました。監督との信頼関係ができた上で演じられている気がしたのですが、撮影に入る前に作品や役について、満島さんとじっくり話をされたのでしょうか。

寒竹:コロナで延期になったということもあって、撮影に入る前に、彼女と結構一緒に過ごせたんですよね、私の家にもよく来ていて。私は山に住んでいるんですけど、一緒に焚き火とかしながら、いろいろ喋る時間があったんです。彼女は自然に囲まれたところで生まれ育ったから、落ち葉の上で寝ちゃうんですよね(笑)。四六時中、このドラマの話をしていたわけではないんですが、彼女がどういう価値観で生きているのか? とか。どういう思いを抱いているのか? といったことを知ることができたし、彼女がチョイスする言葉に感銘を受けることも多かったんです。

同じものを見ていても、どの側面を見ているかってみんな違うじゃないですか。〈あ、そこに感動するんだ〉とか〈そこに立ち止まるんだ〉とか。そういうことを事前に知れたのは良かったかもしれないですね。そうやって気付いたことが、也英のキャラクターに反映されたりもした。キャスティングの段階で脚本はできていなかったので、ひかりちゃんを見ながら脚本を書いていったという感じです。

——相手役の並木晴道役を佐藤健さんにしたのは、満島さんの提案だったそうですね。

寒竹:そうです。うちで飲んでた時に話が出て。ひかりちゃんと違うタイプの俳優さんのほうが、化学反応が生まれていいんじゃないかってなったんです。2人が並んだ時のバランスとか空気感とかも考えて、良い組み合わせなんじゃないかと思いました。

——確かにケミストリーを感じました。2人とも他の作品では見たことがない表情や演技が引き出されていましたが、現場での2人はどうでした?

寒竹:2人とも脚本が読める俳優なので、大きなズレみたいなものはなかったですね。それぞれ俳優としての引き出しを出してもらって、そこから私が(使用カットを)選んで行くという感じでした。

ただ、私はドキュメンタリーなどもやっているので、変なところを拾うことがあるみたいなんです。俳優が意識しなかったタイミングとかテイクを選びがちかもしれない。健君は様式美なところもあってそれが素敵なんですけど、彼があまり意識してない無防備な瞬間が良いなって思うことがあるんです。そういう、本人が気付いていない美点を見逃さないように拾ってあげられたらいいなと思っています。

——主人公の2人の若い頃を演じている、八木莉可子さん、木戸大聖さんはいかがでした?

寒竹:この2人はオーディションで選んだんですけど、経験があまりないのでリハーサルをじっくりやりました。現場で、自分のために大勢の人が動いてくれていることを意識している間は役には入れないんです。でも、我を捨てるのは若い人でなくとも容易ではないので、そうなれるまでひたすらやって、大聖はあるカットではテイク18とかやったんじゃないかな(笑)。

1シーンでの色彩のこだわり

——大変ですね! それにしても、今回のドラマは1990年代から現在まで、時間軸が交差する凝った構成になっているので、脚本を書くのも手間がかかったんじゃないですか?

寒竹:この物語は全部で9話なんですが、全体のプロットを書いた後、7話辺りから脚本を書き始めたんです。真ん中から書く、というのは珍しいんですけど、也英がいろんなものを失って自暴自棄になっている人生でいちばんつらい時期から出発して、一体、彼女に何があったんだろう?って考えながら物語を広げていきました。

その際に、登場人物がなぜそういうセリフを言うのか、なぜそういう選択をせざるを得なかったのか、そこに至る因果をしっかり作っておきたかった。その上で、過去と現在をシャッフルして描こうと思ったんです。なので、まず仕事場にあるガラスボードに時間軸に沿って出来事を細かく書いて、それをもとにエピソードを構成していきました。

——それをバラバラに分解して再構築したわけですね。

寒竹:パズルみたいなものですよね。大変だったのは、それぞれの過去のエピソードがほぼ、人生のハイライトだということなんです。普通のドラマでしたら、なんでもない日常の1コマも描かれるんでしょうけど、このドラマで扱われるのは感情が振り切った時のことばかり。ひかりちゃんは「大変だー」って言ってました(笑)。

——常にクライマックスのシーンを演じているわけですもんね。そんな俳優達の演技が美しい映像で捉えられています。日本のドラマは照明がフラットになりがちですが、このドラマは陰影が豊かで、自然描写も生命力に満ちていますね。

寒竹:私は自然の中で暮らしていることもあり、光を見て生活しているようなところがあって。良い光を見つけたら、ずっとそこにいたくなるんです。光とか風とか、そういうものを映せたらいいなと思っていました。

——映像の質感が独特だったのですが、カメラのレンズは特別なものを使っているのでしょうか?

寒竹:世界には面白いヴィンテージレンズがたくさんあるのですが、日本に入っている数少ないヴィンテージを再現したレンズが今回のトーンとマッチしたこともあり使用しました。アナモ(アナモフィックレンズ)の独特なフレアと、単に線が綺麗なだけではなく、深く適度なコントラストを持ったトーンを再現できるレンズかなと思っています。観た方の懐かしさに訴えてくれることを願っています。

——色彩にもこだわりを感じました。

寒竹:私は絵を描くので、1つのコンテクストでどんなカラーパレット(色彩デザイン)にするのか、というのは常に考えます。色彩というのはダイレクトに人間の感情に作用します。そのため、撮影に入る前に、スタッフ全員に「こんな色彩設計にしたい」というビジョンを伝えてイメージを共有しました。例えばコップ1つとっても、美術や衣装やライティングなどの全体のトーンに合わせて選びます。基本的に近似のトーン差配色で統制し、対照・補色色相が入る場合はなんらかの意味があって配色しています。そんな風に色に関しては割と厳格なルールを作っています。

水に反射する光。夕方の陽射し。(目の前のペットボトルを見ながら)ここに光が当たるだけで色が生まれる。世界は光だけで十分カラフルなので、無駄な色はできるだけ排除していきたくて。

——脚本を書いている段階で、映像のイメージが明確にあるのでしょうか。

寒竹:自分で監督をする時はそうですね。〈こういう画(映像)を撮りたい〉と、カメラ割りやシーンのつなぎの画を同時に考えます。Netflixでは脚本を書く前に、ストーリーバイブルというものを作るんです。企画書よりもクリエイション寄りのものなんですけど、その時にキーヴィジュアルとして何枚か絵を描きました。頭に浮かんだカットから物語を考える、ということもありますね。

——脚本家として仕事を始めた頃から、色彩や映像的なイメージは大切だった?

寒竹:大学在学中にデビューしたんですけど、最初の頃はラジオドラマをやっていたんです。その時は、音で人の感情がどう動くかをずっと考えていました。画に関しては、岩井(俊二)さんにつかせてもらっていた時期に光を意識するようになりました。そんなに長い間、ついていたわけじゃないですけど、岩井さんの仕事を見て勉強させてもらったことが画作りのベースになっていると思います。

「監督できるのはご褒美みたいなもの」

——音楽の使い方も印象的でした。サントラ以外にもいろんな曲を使っていますね。音楽の使い方に関しては、どんなことを大切にされましたか?

寒竹:サントラに関しては、太整さん(サントラを手掛けた岩崎太整)と何度かスポッティング・セッション(どのシーンでどのような音楽が必要なのかの話し合い)をして全体のイメージを共有しました。今回は編集をロックした後に、映像を見て楽曲を書き下ろすフィルムスコアリングという手法で制作しています。〈この感情の揺れに対して、こういう抑揚が欲しい〉といった具合に、すべてのシーンに対してそれぞれ膨大な楽曲があて書きされているので、映像に不即不離で寄り添っていると思います。

ライセンス曲もふんだんに使っていて、北欧のインディーロックもあればフレンチ・ポップス、グールドのバッハもあったり。曲は私が編集の段階でどんどん入れていきました。といっても、クリアランスできない曲も多かったので、使えない場合は太整さんに他の候補を出してもらったりしています。

——音楽で感動させるというベタな使い方ではなく、風が吹くみたいに、さらっと流していますよね。

寒竹:音楽は押し付けがましくないほうがいいと思うんですよね。ライセンス曲も1回だけしか使わなかったり。

——とてもぜいたくな使い方だと思いました。このドラマを見て、Netflix側が監督の作家性を大切にしているように感じたのですが、日本のドラマとNetflixでは製作環境に違いは感じられましたか?

寒竹:違いはいっぱいあるんですけど、一番大きな違いは私を監督に起用したことじゃないでしょうか(笑)。最近の企画はリスクを避けて、過去の成功例に当てはめ、手堅く製作されがちです。でも、Netflixは私の能力を疑わず、脚本を信じてこの作品に賭けてくれた。

Netflixが冒険してくれたのは、新しいものを作ろう! という意志だと受け取ったので、私はどんなことがあってもそれに応えたいと思いました。コロナをはじめドラマの制作が止まってしまう危機は何度もありましたが、クリエイターの作りたいものを尊重して最後まで一貫してサポートしてくれた。そんな決断は、Netflix以外ではできなかったんじゃないかと思います。

——脚本と監督の両方をやりながら、1話1話のクオリティーを持続して9話完走するのは大変だったんじゃないですか?

寒竹:そうですね。ちょっと死ぬかと思いました(笑)。

——脚本を書くだけではなく、監督もするようになって気持ちの上で変化はありました?

寒竹:脚本は孤独な作業なので、現場に出て監督できるのはご褒美みたいなものなんです。それがあるから耐えられるというか。脚本を書いている時は、24時間そのことで頭の中がいっぱいで夢にも出てきます。それをなんとか書いて現場に持って行ったら、みんなが自分ごととして形にしてくれる。そんな至福なことはないし、それがあるから私は書ける。脚本だけだったらつらすぎて本当に死んじゃうかもしれない(笑)。

——監督として集団作業に参加することが、寒竹さんにとって救いになっているんですね。ちなみに宇多田さんはドラマをご覧になったんでしょうか?

寒竹:わかりません(笑)。私も知りたいですけど、ぜひ観て頂きたいですね。この企画をもらった時に、宇多田さんに手紙を書いたんですよ。宇多田さんの了解がとれないとできない話だったので。それを企画書と一緒に送りました。

——どんな手紙を書かれたんですか?

寒竹:(宇多田さんが)「いてくれて嬉しかった」ということを書いた気がします。宇多田さんが現れてくれて嬉しかったというか。そう思わせてくれる人って、そんなにいませんからね。私は宇多田さんの存在に励まされてきたし、歌の力ってそういうことだと思うんですよ。今回、ドラマを編集しながら宇多田さんの歌の力を改めて感じましたね。

——ヘタすると歌がドラマを支配してしまいますね。

寒竹:そうなんですよ。歌の力が強いから簡単に歌に頼れる。ラストに流せば感動しちゃいますからね。だから取り扱い注意なんです(笑)。今回は主題歌ではないので、ここぞというところでしか使っていないんですけど、だからこそ曲が流れる瞬間を楽しみにしてほしいですね。

Netflixシリーズ『First Love 初恋』

Netflixシリーズ『First Love 初恋』
出演:満島ひかり、佐藤健、八木莉可子、木戸大聖、夏帆、美波、中尾明慶、荒木飛羽、アオイヤマダ、濱田岳、向井理、井浦新、小泉今日子
Inspired by songs written and composed by Hikaru Utada / 宇多田ヒカル
監督・脚本:寒竹ゆり
エグゼクティブ・プロデューサー:坂本和隆(Netflix)
プロデューサー:八尾香澄 
制作プロダクション:C&Iエンタテインメント
原案・企画・製作:Netflix 
配信:Netflixで独占配信中
https://www.netflix.com/title/81137509

Photography Yuri Manabe

author:

村尾泰郎

音楽/映画評論家。音楽や映画の記事を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CINRA』『Real Sound』などさまざまな媒体に寄稿。CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆する。

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