連載「時の音」Vol.20 俳優・有村架純が語る「役との向き合い方」

有村架純(ありむら・かすみ)
1993年2月13日生まれ、兵庫県出身。2010年に『ハガネの女』(テレビ朝日)でドラマデビューし、その後2013年にNHK連続テレビ小説『あまちゃん』で一躍注目を集める。2015年、『ビリギャル』で主演を務め、アカデミー賞主演女優賞・新人俳優賞を受賞、2021年『花束みたいな恋をした』でアカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した。2022年TBSドラマ『石子と羽男』、映画『月の満ち欠け』、2023年NHK大河ドラマ『どうする家康』、映画『ちひろさん』に出演。その他主な出演作品、『ナラタージュ』(2017)、『そして、生きる』(2019)、『るろうに剣心最終章』(2021)、『前科者』(2022)などがある。
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その時々だからこそ生まれ、同時に時代を超えて愛される価値観がある。本連載「時の音」では、そんな価値観を発信する人達に今までの活動を振り返りつつ、未来を見据えて話をしてもらう。

今回は、映画『ちひろさん』で主演を務める俳優・有村架純が登場。本作は安田弘之による漫画『ちひろさん』を今泉力哉監督が実写化。海辺の小さな街にあるお弁当屋さんで働く元・風俗嬢のちひろと、そこで出会う人々との不思議な交流を描く。

映画『花束みたいな恋をした』やドラマ『石子と羽男』、そして『ちひろさん』と、観る者を魅力する有村の演技。その根底にある彼女の想いとは。30歳となった現在の心境とともに話を聞いた。

心地良い距離感

——ちひろさん、とても素敵でした。石子(ドラマ『石子と羽男』)も大好きです。

有村架純(以下、有村):ありがとうございます(笑)。

——絹(『花束みたいな恋をした』)もそうですが、有村さんが演じるキャラクターが、特にここ数年本当に魅力的だなと思うんです。何を大切にして役にアプローチしているんですか?

有村:私の場合は、自分の中に役の基盤となる土台を作らないと、ずっとふわふわしちゃうところがあるんです。だからまずは、芯になる部分をどんな役だろうと必ず考えます。ちひろさんの場合は、漫画に描かれている部分をヒントに、過去にどう過ごしてきたのかを自分で組み立てました。ちひろさんは、男性関係にしても会社の中の人間関係にしても、昔は人に与えすぎて疲弊しちゃったのかなとか。愛情を母親から受けなかったことにより、愛情の渡し方がわからなかったのかなとか。逆にだからこそいろんな人を愛したいという思いが止まらなくなって疲れてしまって、そこで学んだことがあるから今のちひろさんの人との距離感に至ったのかなとか。そこの感覚っていうのは口では説明できないんですけど、自分の中でいろいろとすり合わせながら作っていった感じです。

——そうやって作ったちひろさんを、自身の体を使って表現する時に、意識したポイントを教えてください。

有村:ちひろさんは、前髪パッツンの黒髪ロングが似合っていて、佇まいからも何か香りを感じるような、妖艶で艶やかなイメージです。声や喋り方はおしとやかというよりも、一度でも会話をしたら忘れられないような魅力の持ち主。普段の自分とはちょっと遠いところにいるキャラクターですし、私が生きてきた人生とも違うので、ちひろさん独特の雰囲気を醸し出すのは難易度が高いなと思いました。なので、自分にできることといったら、声を低くするとか、あまり早口で喋らないとか、声色から感じ取れる感情のにじみや温度感みたいなものがある一定のところからあまり外れないようにするとか、そういったことだったように思います。

——元風俗嬢という過去や、谷口(若葉竜也)との関係を含め、女性像のデリケートな部分を描く上で、今泉監督とすり合わせる作業をしましたか?

有村:今泉監督からは現場でよく、「もうちょっと明るい感じで」と言われました。でも「明るすぎてもいけないし、暗すぎてもいけない。ちひろさんってすごく難しいですよね」ともおっしゃっていて。今泉さんの中でもきっと、「これであってるのか?」と模索しながら撮影していらっしゃったと思いますし、私も同じくちひろさんに関しては本当に正解がわからなくて。監督と一緒に悩みながら、最後までやり遂げたという感じです。

——ちひろさんを演じながら、心が動いたシーンを教えてください。

有村:ちひろさんの基本的な感情の部分では、山あり谷ありというわけではなく、波風が立つこともそんなになく、穏やか〜に過ごしていた印象があります。

——確かに、心が動くのは、ちひろさんと出会った側かもしれません。

有村:そんな中で、(勤務する弁当店の店長の妻)多恵さん(風吹ジュン)との交流というのはきっとちひろさんの中では特別で、多恵さんの前では「(通称の)ちひろさん」ではなく、「(本名の)綾」でいられたような感覚がありました。

——ちひろさんは過去の経験から、自分の心の安定を保つために、人と距離を取るようにしていました。

有村:ちひろさんの人との距離感の持ち方は、理解はできるなと思いました。思い返すと、私もあまり踏み込みすぎず、友人だとしても適度な距離を保っている気がします。そうすることによって、私生活の中での感情の振れ幅があまりなくなるのが、私的には心地よかったりもして。これだけ仕事で刺激をたくさんもらっている分、私生活ではなるべく刺激のない穏やかな生活をしたいというのがあるので(笑)。あと、自分からグイグイ距離を詰めることを、相手がそこまで求めていないかもしれないなとも考えちゃいますね。

例えば相手に「悩みがあるから話を聞いてほしい」と言ってもらった時に、親身になりすぎて相手の感情に引っ張られるよりも、ちょっと適度な距離があった方が相手にとっても楽かもしれないなとか。そういうことをいろいろと考えていくと、今の自分にはちひろさんのような人との距離感がすごく心地いいなと思いました。

——ちひろさんと同じく、有村さんもいろいろな人と関わった経験から、そういう距離感に落ち着いたのでしょうか。

有村:20代で、こういうお仕事もして、人との出会いがたくさんあってという中で、うまく距離を見つけないと、大勢の人達と一斉にいい関係を持つのはすごく難しい。ある組織の中で同じ人達とずっと一緒にいるのであれば、良い関係を長く築くことが一番ですが、私の場合はだいたい3ヵ月とか、短ければ1ヵ月で1本の作品が終わってしまうので。出会う時はもちろん誰に対しても同じ気持ちで向かうし、その期間は一生懸命頑張って、終わったら「さよなら!」とうまく切り離していかないと、自分自身が保てなくなってしまうんです。いつまでもそこに留まっていると次に進めないというのもあります。

——「仕事で刺激をたくさんもらっている」とおっしゃいましたが、どんな部分で刺激を感じますか?

有村:まず出会いと別れがこんなに短いサイクルで1年間の中にあることもそうだし、1つの作品でこんなに大人数の方と一緒に仕事をするっていうこともそうだし、あとは芝居する上で泣いたり、怒ったり、笑ったり、苦しんだり、喜んだりと、こんなに気持ちを動かして毎日を送ることもそうです。私生活では絶対に得られないものは、自分にとってすべて刺激的です。

——その刺激に慣れてしまいませんか?

有村:慣れないです。だから家では静かに穏やかに生きている方が、自分らしくいられます。フラットでいるからこそ、芝居した時の感情の波に耐えられるというか(笑)。それが私のスタイルでもあるのかなって思います。

「孤独=寂しい」ではない

——ちひろさんからは、人生何周目? というような名言がたくさん出てきます。有村さんに刺さったセリフはありますか?

有村:「みんなで食べるご飯もおいしいけど、1人で食べてもおいしいものはおいしい」です。1人でいる人に対して「寂しい」みたいなネガティブな印象がすごくあるけれど、全然そんなことなくて。孤独を愛する人は世の中にたくさんいるし、1人でいる方が楽って思うんだったらそれはその人の幸せな道ですし。このセリフからも、1人でいることへの許容がすごく感じられました。

例えば、学校に居場所がなくてどこか別のところでお弁当を食べることは、その子にとってはすごくつらいことかもしれないけれど、でもきっとその場所は彼女にとっての救いだったりもするし。それはそれでその場所を愛せればいいし、「その時間も全然いいじゃん」と言ってくれるちひろさんみたいな人がいてくれたら、そういった悩みを抱えている人も救われると思います。『ちひろさん』は漫画にも映画にも、そういったすくい上げてくれるようなセリフがいっぱいあるなと思いました。

私自身、孤独で悪いことは何もないと思っています。人間は100%わかり合えることはないと思うんです。好きな人であっても、友達や家族であっても、絶対に知らないことっていっぱいある。その距離感が楽しかったり、「何考えてるんだろう?」と想像したり、相手をおもんぱかったり、人と人が向き合うことで、いろんなことを学習していく。その根底には絶対に孤独があるんじゃないかなと思います。

何かと戦う時も、自分1人ですよね。例えば仕事を任されて、それを成し遂げるのも自分1人。きっと孤独との戦いっていうのはどの職業にもいっぱいあって、トップにいればいる人ほど、その重荷が大きくなってくる。例えば勉強で学年1位をとった人が、ずっとその位置をキープし続けるのって孤独じゃないですか。アスリートもまさにそうだし。そういった呪縛もついてくることにはなりますけど、そこにいるからこそ見える景色もあるし、孤独でいるからこそわかることもいっぱいある。だから「孤独=寂しい」ということではまったくないと思います。

——有村さんも戦っている意識はありますか?

有村:周りと戦うというよりも、自分自身と、という感じです。

——勉強やスポーツと違って、俳優には明確な順位がつきません。自分と戦う時に、どんなことが目安になるものですか?

有村:どの作品でも、共演者はみんな戦っているので戦友のような存在です。同じ作品に参加していなくても、みんな仲間だから対抗心みたいなものは私の中であまりなくて。この仕事をしていると個性的で魅力的な人ばかりなので、「この人はこれを持っているからいいな」とうらやましくなることはあるけれど、あまりそこに意識を向けないというか……。まずは自分がこの役を乗り越える、この日の撮影を乗り越えるために戦うみたいな。日々、目の前にあることを乗り越えるという戦いです(笑)。

「30代はより良い質を求めて仕事をしていきたい」

——完成した作品をご覧になって、好きなシーンはありますか?

有村:基本的に、オカジ(豊嶋花)とマコト(嶋田鉄太)のシーンが私はすごく好きです(笑)。マコトの家で、マコトのお母さん(佐久間由依)が作った焼きそばをオカジが食べて泣いてしまうシーンとか、ちひろさんの家に2人でお見舞いの品を持ってきてくれた時の、ちひろさんから見た2人のカットとか、1シーン1シーンがすごく愛おしくって。この物語において、すごく重要な役割を担ってくれたなと思ってます。

マコトはすっごく自由でした。めちゃくちゃ自由なのに、本番でセリフだけはちゃんと言えて、今泉監督も「そこがすごいんだよね」って感心してました(笑)。オーディションの時に泣き芝居を求められて、マコトは泣けなかったらしいんです。その部屋から立ち去る時に、「泣けないところが出ちゃったかー」って捨てゼリフを言って去っていったのが、監督の中で強烈に残ったらしくて(笑)。ものすごく面白い子でしたね。

——オカジは高校時代にちひろさんに出会えて、未来の見え方がいい意味で変わったと思います。有村さんは過去にそういう出会いはありましたか?

有村:この仕事を始めてからですと、事務所の先輩です。勝手ながら、同じように頑張ればその人みたいになれると思って、背中を追いかけていました。その人が考えていることが知りたくて、インタビュー記事を読んで、「こういうふうに物事を考えてるんだな」と自分の中で咀嚼して、自分自身の考え方が変化して。そうやって視野がどんどん広がっていったように感じます。

——20代で本当に多くの作品に出演し、2月13日で30歳を迎えた今の心境をお聞きしたいです。そもそも年齢は有村さんにとってどういうものなのかも。

有村:もう30なのか〜って(笑)。20歳からの10年間が、ありがたいことに、猛スピードで状況が変わって、景色が変わって、濃すぎるくらいの経験をさせていただいたので、本当にあっという間の10年間でした。年齢に関しては、あまり重くは捉えてなくて。いい年の重ね方ができるように、今の自分にできることはなんだろうなと考えたりはしています。

——今回の『ちひろさん』が劇場公開日にNetflixで配信されることも、新たな経験になっていくと思います。今後、どんな仕事をしてみたいですか?

有村:みんなとディスカッションしながら仕事ができた方が楽しいですよね。自分が言った一言で、すごく大勢の人達が動いてくださることが増えてきてしまっていて。でもそうじゃなくて、みんなで意見を交換して、「これがいいよね」というところをみんなで見つけていきたいです。30代はそういうふうに、より良い質を求めてお仕事ができたらいいなと思います。

『ちひろさん』2月23日からNetflix世界配信スタート&全国劇場で公開

■『ちひろさん』
2月23日からNetflix世界配信スタート&全国劇場で公開

出演:有村架純、豊嶋花、嶋田鉄太、van、若葉竜也、佐久間由衣、リリー・フランキー 風吹ジュンほか。
原作:安田弘之『ちひろさん』(秋田書店「秋田レディース・コミックス・デラックス」刊)
監督:今泉力哉 
脚本:澤井香織、今泉力哉
製作:Netflix、アスミック・エース
制作プロダクション:アスミック・エース、デジタル・フロンティ ア
配給:アスミック・エース
https://chihiro-san.asmik-ace.co.jp

Photography Mikako Kozai(L management)
Styling Yumiko Segawa
Hair & Make-up Izumi Omagari

author:

須永貴子

ライター。映画、ドラマ、お笑いなどエンタメジャンルをメインに、インタビューや作品レビューを執筆。『キネマ旬報』の星取表レビューで修行中。仕事以外で好きなものは食、酒、旅、犬。Twitter: @sunagatakako

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