今年は何をした? 「TOKION」スタッフによる2021年に買った・観た・読んだ・聴いた“ベストワン”

2021年も残すところ、あと1日。思い返すと今年もコロナウイルスが完全に終息することはなく、誰にとっても苦しい年だったのではないだろうか。不確実かつ過酷な状況は、もう少し続くことになりそうだが、その一方で、年間を通して素晴らしい作品やイベントなどが数多く届けられたのも、また事実。そこで、年末特別企画として「TOKION」スタッフが2021年を振り返って、思い出に残る音楽、展覧会、イベント、本、ビューティなど、それぞれの“ベストワン”をお届けする。

クリスチャン・マークレー
「Found in Odawara」

11月27、28日に行われたクリスチャン・マークレーによるサウンドパフォーマンス「Found in Odawara」の初日に参加しました。パフォーマンスが披露された場所は、現代美術作家の杉本博司さんが手掛けた江之浦測候所というこれ以上ない舞台。以前、札幌国際芸術祭で観て以来のパフォーマンスは、マークレーにとって初となる屋外での開催となりました。江之浦測候所を歩き回り、日用品やガラクタを使った即興演奏に鳥の鳴き声や葉が揺れる音、電車が通過する音、自分の呼吸音、来場者の足音が重なり、加えて木々の匂いから相模湾を望む風景にいたるまで、すべてがマークレーによってコラージュされた世界の中に自分だけが存在しているような感覚さえ覚えた、崇高さに満ちた体験でした。2022年は今年以上に、自由な人の往来と屋外のイベントが開催されることを切に願います。
(エディトリアル ディレクター 芦澤純)

佐藤康気、ジョナサン・レンチュラーの写真集

写真集は手には取るけども、雑誌と違ってなかなか食指が動かずな自分でしたが、今年は思わず購入したのがこの3冊です。左から、ニューヨークを拠点に活動中の写真家、佐藤康気の『Nostalgia』、こちらもニュークヨークベースに活動中の写真家、ジョナサン・レンチュラーの『Remembering the Future』『Be There Soon』。佐藤さんの写真集は「今、この瞬間に隠された美学を探し求める旅」と、コロナ禍のニューヨークで撮影された写真が収められていて、なにげない風景なのですが、しばらく見つめていたくなる奥深さがあります。ジョナサンの写真集は、ZINEのフォーマットで、ニューヨークの「ラブパーク」で撮影された写真がシルバーとゴールドのメタリックペーパーに印刷されていて、それだけでも一見の価値はあります。そして収録されているスケーターのポートレートは、まるで映画のワンシーンのような雰囲気があって引き込まれました。2人ともに近々記事が公開されますので、ぜひとも読んでみてください。来年もいろんな写真集に手を伸ばしていこうと思います。
(エディター 相沢修一)

松本大洋
『東京ヒゴロ』

松本大洋さんの待望の新作『東京ヒゴロ』。松本さんが「漫画」の世界を描くという注目度の高い1冊。本作は漫画編集者の塩澤和夫が主人公で、物語は30年勤めた大手出版社を退職するところから始まります。物語も最初こそは中年の悲哀を感じさせるものの、新たに理想の漫画雑誌を作るために、好きな漫画家に声をかけていくという展開は、決して派手ではないですが、ある種の冒険もののようなおもしろさがあり、読んでいてワクワクします。登場人物も1人ひとり魅力的に描かれており、さすが松本大洋さんといった感じで、読後はあたたかい気持ちになります。まだ1巻が刊行されたばかりなので、今後の展開への期待を込めて。
(エディター 高山敦)

キング・クリムゾン
「MUSIC IS OUR FRIEND JAPAN 2021」

昨年に続きコロナが猛威を振るった2021年。この状況下で観覧したライヴには、1つひとつ思い入れがあるものの、中でもキング・クリムゾンは別格でした。今回はコロナ禍以降、初の海外ミュージシャンによる単独来日。そして、バンドにとっても最後の日本ツアーということで、2日分のチケットを購入。ツアー開始から数日後には海外からの入国者を規制する報道が出るなど、まさに奇跡的なスケジュールで開催されました。

ステージ前方に設置されたトリプルドラムという嘘みたいな編成では、3人がそれぞれ違ったビートを同時に刻んだり、1つのパートをかわるがわる演奏したりしますが、そのさまはまるでサーカス。少しでもタイミングがズレたら手やバーを握り損ねてしまう空中ブランコのような、バランスを崩したら落ちてしまう綱渡りのような緊張感が、曲全体に迫力とエンターテインメント性をもたらします。この緊張感は彼らのライヴでしか体験できないため、願わくばもう一度観たいものです。
(エディター 等々力稜)

英国RAF(ロイヤルエアフォース)MK4ジャケット

ファッションアイテムは、生来的にある種のあざとさを含み持つもの。「どう見えるか」を考え尽くされたデザインは、その高い自意識ゆえに美を体現するのではないでしょうか。その意味で、コロナ禍でSNSを見る時間が増え、ネット上に溢れる「あざとさ」や「自意識」に食傷気味だった時期に、ミリタリーウェアを手にしたのも必然かもしれません。機能性に振り切った合理的なデザインのリアルなミリタリーウェアは、あざとさとは無縁です。だからこそ、「用の美」にも通じる魅力が、幾多のデザイナーに影響を与えてきたのかもしれません。

そんな訳で、今年一番の買い物は、英国RAF(ロイヤルエアフォース)MK4ジャケット。多くのデザイナーにサンプリングされてきた名作MK3の後継であるMK4は、生地がゴアテックスにアップデートされ、より高い機能とクールさを備えています。来年はこれを着て安心して出かけられる日常が戻ることを願いつつ。
(翻訳 佐藤慎一郎)

岡﨑乾二郎
『感覚のエデン』

10月に亜紀書房より刊行された、造形作家・批評家である岡﨑乾二郎さんの批評選集第1弾。英詩人ジョン・キーツが提唱した「ネガティヴ・ケイパビリティ」の概念の基軸に芸術作品の時の隔たりを超える力について論じた「聴こえない旋律」、旧約聖書におけるアダムとイヴのエピソードを緒に無数の方向への運動=「星座」としての音楽、絵画の在りようを説く「感覚のエデン」、その思考や制作プロセスに深く分け入り異能の米ダンサー・コレオグラファーを紐解く「トリシャ・ブラウン――思考というモーション」など、さまざまな場所で発表された批評やインタヴューなど29編のテキストを収録しています。「意味」や「本質」、「今ここ」にとらわれてしまいがちな中、そこからの隔たり・断絶において開かれる可能性、新しい公共性の在りようなどを鮮やかかつ精緻に描き出す本書は、私達に新しい視座を、「星座」を認識する力を、もたらしてくれます。そして、そこで見出された「星座」が放つ輝きは、困難な時代の前途を照らす光となるのかもしれません。岡崎さんご自身のドローイングが配された色鮮やかで触感性あふれる表紙、見返しも素晴らしく、造形作品としても強い存在感を放つ1冊です。
(コントリビューティング エディター 藤川貴弘)

浅井万貴子の土器

野焼きで土器のオブジェをつくっている浅井万貴子さんの作品。元々は真っ黒でした。ピエール・スーラージュの作品を思わせるような黒の中のテクスチャー感、立体感に一目惚れして購入したのですが、さっそく飾ったその晩に震度5の地震がありまして、朝起きると倒れて2つに割れてしまっていました。展示会にご本人が在廊されていましたので、思い切って相談すると、なんと焼き直して修復してくださると。その後メールのやりとりでは、野焼きの様子の写真なども送ってくださり、少し姿は変わりましたが、製作に立ち会えたような、思い出深い作品になりました。禍転じて福と為す。
(デジタル ディレクター 櫻井雅弘)

MIHO MIYAKAWAデザインのネイルチップ

緊急事態宣言発令中、ネイリストのMIHO MIYAKAWAさんが、ミニバッグとオリジナルネイルチップのセットをリリース。「TOKION」でもインタビューを敢行したNOT WONKのカラフルなネイルが目を引く『dimen』のジャケットでもおなじみのMIHO MIYAKAWAさん。今回はライアン・マッギンレーのアシスタントも務めた気鋭の写真家、チャド・ムーアの作品のイメージでネイルチップをオーダーしました。被写体の女性の顔のパーツや、昼から夜に移りかわろうとしている曖昧な空の色をグラデーションで表現し、耳元で光るイヤリングはシルバーカラーでぷっくりとワンポイントに。そして、私のイニシャルがオールドイングリッシュフォントで中指のデザインに落とし込まれました。沈んだ気持ちの中でも大好きなアーティストの作品を指先にまとえ、元気をいただける素敵な企画でした。
(デジタル プロダクト マネージャー 稲葉礼子)

「国産家庭環境音楽2021」

2021年、推定600枚程度のレコードを購入した中で、マイベストなレコードをピックアップしました。さすがに1枚は難しいのでテーマを決めて複数枚を選出。題して「国産家庭環境音楽2021」。

年明けから緊急事態宣言、昨年以上に在宅時間も増えレコードを再生できる時間が大幅に増えたのはうれしかったものの、我が家はリビングの片隅に数千枚のレコード棚があり、受験を控えた娘と妻が同じリビングにあるテーブルで勉強をしています。必然的に音量は控えめに冷蔵庫や室外機、ペットである亀の水槽のモーター音等と良い塩梅で混じるドローンミュージックや家庭環境に配慮した、サティの家具の音楽等、耳触りの良い環境音楽的なレコードを多く再生しました。そして、今年はかつてなく多くの新譜のレコードを購入し、海外の作品でも素晴らしいものはたくさんあったのですが、深く印象に残り愛聴したのは日本の音楽。文字数の都合で個々の説明は割愛しますが、Phew、置大石、畠山地平は素晴らしいライヴも観ることができました。

旧譜では、惜しくも今年亡くなられたYOSHI WADAのオリジナル盤を2枚入手。先日山梨で行われたトリビュートライヴに参加できなかったのが、今年唯一の心残り。元来、上記のジャンルからは外れるかもしれない新生TORSO、瀧見憲司氏のCLUE-LWAVE、笹久保伸(&サム・ゲンデル)も自分にとって最高の環境音楽で何度も繰り返し聴きました。しかし、振り返ると決して我が家の家庭環境には配慮していないレコードが多くあることに気付きます。来年はもっと家庭環境に配慮した音楽生活を送ろうと思います。
(パブリッシング ディレクター 櫻井啓裕)

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TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

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