2005年以降、パリを拠点とし世界を舞台に活躍を続ける作曲家の三宅純。世界各国の多彩な音楽の要素をハイブリッドに融合するサウンドは国境やジャンルはおろか、時間という概念をも超越する。昨年12月の前作『Lost Memory Theatre act-3』から約4年ぶりとなる最新アルバム『Whispered Garden』をリリースした。同作は2020年初頭を機に新型コロナウイルスのパンデミック前に作曲された7曲と、パンデミック後の9曲を含む合計16曲が収録された大作だ。
同作に収録されている「Undreamt Chapter」はコロナ禍真っ只中の2020年3月に「TOKION」が三宅に依頼して完成した作品。打ち合わせは奇しくも緊急事態宣言発令前夜に行われた。以前のインタビューでも、「コロナ禍の波動をリアルタイムで感じながら制作した曲は自分にとっても感慨深い作品に仕上がった」と語っている。パンデミックを象徴する作品が完成してから約1年半が経った今、変わらず前代未聞の規模で移り変わる世界情勢や日々更新されていく複雑な感情のレイヤーについて、同作の制作背景とともに伺った。
時間や時代をも超越するリアルタイマーの存在
『Whispered Garden』は4年の期間を経てどう結実したのか。そこにはやはりコロナ禍が大きく関わっていた。「『Lost Memory Theatre act-1、act-2、act-3』ですべて出し切ったわけではなくて、いつか作品にしようと思っていた何曲かのストックがありました。映画、舞台、ドラマなどの締め切り仕事が一時的に止まったことで、アルバム制作のための時間的な余裕ができたんです。リモート・レコーディングに対応できるミュージシャンが増えたこともあって、いろいろなことが可能になった今こそ、先に進めるべきだと考えました」。
これまでも、アート・リンゼイやデヴィッド・バーン、リサ・パピノー、コスミック・ヴォイセズ・フロム・ブルガリア等が参加し数々のエモーショナルな作品を発表してきたが、『Whispered Garden』はより三宅純という音楽家がグッと前に出ている印象を受けた。そこには作品を通じて三宅作品を形作る重要なテーマである“時間”の交錯が関係している。例えば、1980年代後半からはジャズとの距離を置いてきたという彼が今回収録した「1979」は学生時代に書かれたという“ジャズ”の作品だ。この曲は満を持して、デイヴ・リーブマンに演奏を依頼。三宅にとって10代の頃から彼のフレージングに魅了されてきたというレジェンドでもあり、日野皓正に連れられて、リーブマンのリハーサル後にセッションした“記憶”も蘇る。
一昨年のインタビューではリーブマンとのやりとりについて「譜面や和声についてかなりシビアなやりとりがありました。参加してもらった2曲には、まだ生楽器に差し代わっていない打ち込みのパートもたくさんあったので、彼としても勝手が違ったと思います。話しているうちに、彼が過去に関わった作品群の音像と自分の記憶がオーバーラップしてきて、不思議なフラッシュバック体験をしました」と制作を振り返り、過去の想いを呼び起こしてくれるアーティストは、時間も時代をも超えるリアルタイマーとして、自身の大切な存在と語っている。
「『1979』は曲として気に入っていたけど、基本的にはストレートなジャズです。1988年の『永遠乃掌』以降は、あえて封印してきたジャンルでしたが、デイヴ・リーヴマンが参加してくれることになって意識が変わり、当初彼に演奏してもらおうと思っていた『Counterflect』に加えて、この『1979』もアルバムに収録することに決めました。あと、もう1つ意識として変わったのは、前作『Lost Memory Theatre』は劇場の中にいる設定でしたが、そこから1歩外に出たいという気持ちが生じたことです。全体の仕上げはいつもよりハイペースで進んだ気がします。なぜか到達へのスピード感が違った。日々の締め切りに追われている時期は、センサーを全開にしていると壊れてしまうんですが、パンデミック期間中は全開でも大丈夫だった気がします。もしかすると、そういうことが関係あるのかもしれません」。
もともと別の作品のためだったり、「TOKION」のためだったり、学生時代だったりという制作のきっかけだけでなく、レジェンドから馴染みのミュージシャン、久しぶりに参加する演奏家も加わり、さらに時間を超越する。
「コルトレーンが発した一音に、永遠を感じることがあります。同じ音楽を聞いていても、一瞬で過ぎてしまう音もあるし、時間以上の長さを感じる音もあります。どちらが良いということではありません。私達が時計を見ながら動いていることは、本当に正しいのかもわからない、アンビバレントなところがあるし、そこを操作できるということが音楽の魅力です。その意味で時間を操縦したいという願望はあります。音楽は時間の芸術といわれていますけど、その中で過去と現在と未来の時間軸を交錯させることができる。そう聞いていただけると嬉しいです」。
ライフワークである“時間”“記憶”“劇場”“庭園”に続く “森”という神秘的なテーマ
制作から約1年半が経った「Undreamt Chapter」。改めて心情の変化について「まさにターニングポイントの曲ですね。今までこんなにはっきりと世界情勢とリンクしている音楽を作った経験はないです。分岐点で感じた緊迫感とスピード感が曲にも出ている。当時と比較すると情勢は失速していて、うんざりという心情に変化してきていますよね。ウイルス1つで長期間、移動制限も行動制限もされて、こんなにも世界が変わってしまった。でも今は、ウイルス以上に情報の怖さを感じます。婉曲や増幅されている部分と閉じられた部分が存在する。自分の選択肢を、これまで以上に真剣に見極めないといけないと感じます」と語る。
ターニングポイントという言葉通り、筆者は「Undreamt Chapter」のデモを初めて聞いた当時の情景を鮮明に思い出すことができる。三宅が「平常心でいることを大切にして、変わっていく世の中と変わらない自分との対比を感じるようにしている」と語ったこととともに、楽曲を通じて1年半前の自分の記憶と現在が交錯するのだ。『Whispered Garden』を通して聞くと、制作順に曲が並べられたわけではないのに、「Undreamt Chapter」が分岐点のように捉えられるのは不思議な作用だ。そこには確実に独自の時間が流れている。
2月25日に、書籍『MOMENTS/JUN MIYAKE 三宅純と48人の証言者たち』が発売されるが、そのキャリアを振り返り、数々の映画や舞台音楽、ドラマなど数多の作品を手掛ける三宅にとって、アルバムとはどんな意味を持つのだろうか。
「舞台作品のサントラ等はほとんどリリースされませんから、鑑賞した個人の記憶がなくなった時点で終わりなんですね。その儚さが良さでもあり、怖さでもある。自分が時間をかけて作ったものが消滅するというのが怖い、なので舞台のサントラも可能な限りリリースしてきました。ソロ・アルバムではさらにアートワークにもこだわって出したいという気持ちが強いですね。書籍の出版については最初は乗り気ではありませんでしたが、アルバムを残したいという気持ちと途中でリンクしてきたのです。多彩な方々に証言をいただいたことで、ストーリーに奥行きが出ましたし、取材中にはルーツや影響を受けた人々を再認識しました」。
最後に今後の活動について聞いた。「これまで約16年間パリを拠点にしていましたが、今後どこを拠点にするかに関しては非常に悩ましい。まずは情勢を見極めたいと思っています。いずれ拠点を変えることも視野に入れています。そこがどこかというのはまだ決まっていないですが。パンデミックが収まらない限り大移動は難しいですよね。その意味でもやっぱり、“時間”は引き続きのテーマ。結局、“記憶”も含めて自分のライフワークなんです。“庭園”の後“森”まで踏み込んでいいのかはまだわからない。“森”というのも僕にとって神秘的なテーマなんです」。
作曲家として、広告や映画のサウンドトラック、舞台音楽等多くの作品を手掛ける。ピナ・バウシュやヴィム・ヴェンダース、フィリップ・ドゥクフレ、オリヴァー・ストーンなど、世界の名だたるアーティストと交流。主要楽曲を提供したヴィム・ヴェンダース監督によるピナ・バウシュのドキュメンタリー映画「Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011)はアカデミー賞にノミネートされた。2016年、リオデジャネイロオリンピックの閉会式における「君が代」のアレンジも記憶に新しい。2021年に『Lost Memory Theatre act-3』から約4年ぶりの最新アルバム『Whispered Garden』をリリースした。
Interview Junichi Harada
Photography Kosuke Matsuki